中間報告、読み手がいなかった分かりやすいわけ
作文は何のためにありますか?
――ということを百回から二百回ほど考えてきましたので落とします。論考でも雑記でもありませんのでその他に放り投げます。こういうお話はDrupal.cre.jpに落とすべきではないのでしょうが、折角取ったアカウントがずっと放置されているのもどこか寂しいものがあります。使いもしないノートをくださいといったくせに、ちっとも使っていないような申し訳なさを覚えるわけです。
さてさて、大半の方は読ませたいから書いているんでしょうが、どうやら私の場合は違っていました。何が違うのかといいますと、私は読ませたいから書くのではなく書きたいから書くのであり、その書きたい理由は妄想遊びをただ文章で行っているだけに過ぎません。砂場で何か作るでも、落書きを描くでも何でも構いません。とどのつまり、私はそういうものでやってきたわけです。そういうわけなので「俺のほうが**さんよりもうまいよ」というのは「何、寝言いってんだい?」という内側の反発で時折潰します。それでも、気に入ったものが何か欲しいからせっせと読み直してはどこが悪いかなと悪いところを粗探ししたりするんでしょう。大抵はおかしいと感じています。どこか違和感を覚えるのです。ですが、あまりにも漠然としていて何がなんだか分からないというのもまたしょっちゅうです。ちゃんと折った筈の折り紙が歪な形をしているのと同じようなものです。そんな風に、特に理由もないというなんら変哲のない答えに行き着きました。
そこで、私は少しとまって考えました。
それは創作者というよりただの遊び人です。いいのかなと思ったんですが、良しとします。創作者もどきとなくなく自己紹介で称さなくてはならないときはそう書いてきましたが、それもまた奇妙だったのです。気が向いたときにしか書かないほど、私は気まぐれな人です。夢中になれば朝だろうが夜だろうが所構わずやりたいだけやりますが、飽きたらやめます。不快なだけでまったく楽しくなければ遊びではありませんし。
とはいっても……十割分のつらさを潰せるわけでもありません。「EP1のボスが倒せねえよ」というみたく四苦八苦はしています。遊びですから、死ぬほど苦労はしないけれどそこそこ苦労はします。ただ、それじゃあどこか失礼なので出す気はありませんし、本気で叩いているつもりもありません。「ああ、なんだ面白くねえじゃねえかよ」という愚痴なら言いますが、所詮、愚痴は愚痴です。それこそ四六時中、愚痴りますが別に大きく嫌ってわけではありません。かといって無茶苦茶、好きってわけでもありません。強いて言えば、何となくです。分からないものを説明しようとして無理矢理、屁理屈を言っているだけです。
そういうわけで「**じゃねえと作家になれないよ」とか散々言われていたので、うーん、だったらワナビでいなくてもいいや、となりました。ただ気分屋なので夕方になれば180度回転して逆のことを言います。私のやり方はノートをおっぴろげつつ思いついた順に書くとか、あるいは、ノートをしまっておいてある時期まで順次書き進めるとかなので、あまり芸もありません。遊びたくなったら遊ぶつもりです。食指が動かないときは大抵別のことやってましたし、これからもその方がいいのかなとも。何というか、私にとって、思い出したように書き出すのは何でかなと思ったら、私が一人遊びをやりたくなるようなものなのです。ああ、なんか面白そうかもしれない(他人は他人です。俺のほうがうまいではなく妙な影響を受けてやりだします)というあまりにも幼い動機なのです。ときには、ただの話題あわせで引っ張り出すこともあります。芸術やら創作やらが分かっているようで分かっていないなりに考えたことがこれです。身近な事柄でたとえたら、子供が「隣の田中君がゲーム買ったから俺もやってみたーい」といっているものなのです。今において書くための代償はさほど大きくないので、ある意味では長い時間かけて遊びとおしていくにはいいものなのかもしれません。
そういうわけで、まだ当分はアカウント止まりっぱなしなのかなあと思います。遊びたくなったらまた来ます。
間違えて賞にお出しして「あーどこまで行くかねえ」というのも傍迷惑極まりないでしょうが、そういう遊びもまたありでしょ。
補記。
何で書いているのか話している方と違うのか同じなのかよく分からなかったので、試しに考えるために書いてみました。意味ないです。
読むことにも通じます。遊び方も色々あります。飽きたら投げ捨てようが、何しようがいい気はします。
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俗に晒しはプレイ動画の晒しに似ています。ホームビデオの晒しにも似ています。一個の晒しが流行ると立て続けに流行るのは「俺もやってみたよ」であって、上手いか下手かはまた別の領域なのだと思っています。こういうものはそれこそ小学校でも幼稚園でも多々起きることです。「俺もやってみたよ」というのは「みんなやっているから」に近いんじゃないかと思っています。いや、別もそりゃあって然るべきなんですが、根本的にずれている方がいたようなので書いています。どこがずれているのか私も数ヶ月くらい分かっていませんし、今も実は分かっていません。
これを書いた目的には銅さんやら鷹見さんやらとどこがどう違うのかを考えることもあります。いや、「俺のほうが面白いから書くのだよ」としょっちゅう言われるのですが、何か前提がずれているような気がするのです。「こうあらねばならない」といわれると、「なじぇ?」となるのです。ログを読み返してもまだ「?」です。そうして考えると、どこか違うからかなあと思ったんですが、改めて考えていたら違っていたようでした。考えたけど、ここまで分かったよ――というのが近い答えです。分かった、前提が違うんだな! と記しておきます。
あんまり伝える気もないような気もします。名は出してありますが、あんまり意味ないです。**といわれたのでそれに対して考えているようだとも。
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よく分からんので書き直したほうがいいのかも。del要素が利かないので#でくくってあります。
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