石田衣良、作『十四歳の情事』(『4TEEN』所収)

 『十四歳の情事』は、小説家石田衣良さん著の、連作短編集『4TEEN』(フォーティーン)に収められた1篇。
 東京の月島界隈で暮らす、中学生男子4人組を描いた短編の1つ。“梅雨に入る直前”頃の様子から語りはじめられる作品は、4人組の1人、内藤ジュンが、年上の人妻と親しく交際をする話。

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 “梅雨に入る直前の一週間は、空のサーモスタットが壊れてしまったようにいきなり暑くなることがある。”
 連日のように最高気温が33℃~35℃になったその頃、4人組もバテバテだったけど、ジュンの様子がおかしかった。佃大橋の上で「夏の夕焼けってきれいだよな」とか言ったりする。
 皮肉っぽくて、計算高い現実屋のジュンらしくない。

 今にして思えば、そんなこと当然だったのだ。だってそのときジュンは十四歳で、新しい恋の始まりのなかにいた。晴れていようが雨だろうが、嵐の雲が割れて腐った魚が降ってこようが、すべてきれいに決まっていたのだ。それを見てもきっとジュンは同じようにいったと思う。
「腐った魚ってきれいだよな」
 だから今回はジュンの恋の話をしよう。そこにはきらきら輝くところと、腐って嫌な匂いをはなつところがあった。それはすごくきれいな腐った魚みたいだったのだ。
 でもいつだって恋なんてそんなもんだよね。

 幼馴染の14歳4人組の、残りの3人は、その頃、ジュンの素振りが、普段と違ってる様子を、なんだか妙に思ってた。
 そんなある日の学校帰り、用もないのに区民センターの冷房の効いたロビーで、つるんでウダウダしてた時に、携帯で呼び出しを受けたジュンが、「うちで急用ができちゃって」と言い、悪いけど、先に帰ると言い出す。

 「嘘に決まってるだろう。どこの中学生が遊びの途中で家に帰れっていわれて、あんなに嬉しそうにするんだよ。電話をかけてきた誰かと会うに決まってる。絶対だ」。絶対、彼女に呼び出されたんだな、って確信する残りの3人。
 そんなバレバレな偽装をするとこが、もうジュンらしくない。気が緩んでる証拠(笑)だ。3人は、ドキドキしながら、ジュンの後をつけていく。

 3人は、ジュンが、大川端リバーシティに建つ、超高層ビルの1つに入るとこまでつける。ジュンが入ったスカイライトタワーには、4人組の1人、ナオトの家も入ってて、他に入ってる住居も皆、億ションばかり。
 もうこのくらいでやめておいたほうがいいんじゃないかな、とナオト。
 そうだな、と応えるのは、語り手キャラの北川テツローくん。
 ダイは、がっかりした顔をみせるが、「尾行はやめて、ロビーでジュンを待とう」とテツロー。「いつまでも隠れてしらべるよりもいいと思うんだ」とも。

 夕方6時頃、ロビーに降りてきたジュンは、テツローたちをみると、バレたと観念。場所を変えると、つきあっている相手のことを話す。
 ジュンは、好奇心から、携帯の人妻専門不倫サイトの会員になった、と言う。
 3ヵ月分の会費を先払いするなら、月に千五百円でいくらでも新しい相手にメールを送れる、とジュン。
 その相手ってほんとうにみんな人妻なの? と、ナオト。
 半分くらいはやたらと調子のいいサクラだったけど、残りはほんとうの人妻だった、と応えるジュン。

 そんな内で、住居が近いってことがきっかけで、ジュンが親しくなったのが、玲美さんだと言う。「最初は西仲通りのあそこのもんじゃ屋がうまいとかそんな話だったんだ」。

 ダイは焼けた敷石のうえで身体をよじった。じっとしていられないのだろう。隅田川河口近くの広い水面をわたってきた夕方の風は、とても涼しかった。
「いいなあ、それで今は人妻とやり放題なんだ」
 ジュンは遠い目をして対岸の築地や新富町のふぞろいのスカイラインを見ていた。
「そんなんじゃない。まだ手もにぎってないさ」
「だって相手は欲求不満の人妻じゃないのか」
 ジュンはちらりとダイを見てから、ぼくを見た。わかってほしそうな目をしている。
「ダイは人妻もののAVを観すぎだ。欲求不満で誰とでも寝ちゃう人妻なんて東スポのニュースと同じだ。ほんとうならすごいけど、実際にはそんなのどこにもいないよ。さんざんメールを打ったからぼくにはわかる。みんな同じだったよ」
 ぼくはいった。
「どういう意味」
「みんなどこかで苦しんでいる。今の自分でいいのか不安に思っている。明日がわからなくて悩んでいる。楽しい不倫クラブには、そんな女の人たちがたくさんいた。中学生とぜんぜん変わらないんだ。もちろん問題は人それぞれだけどさ」
 ジュンはなにかに怒っているようだった。ぽんぽんと苦しげなエンジン音をたてて、タグボートが隅田川をゆっくりとさかのぼっていく。〔後略〕

 ジュンの年上のガールフレンド、玲美さんの問題は、夫に家庭内暴力を繰り返し受けてることだった。しかも「知り合いには絶対ダンナの暴力のことを話せない」と、ジュンには語っているようだ。
 ぼくはまだ中学生で、玲美さんのことはどうしようもない、とジュン。

「ジュンはその人のことが本気で好きなのか」
 ジュンの声は痙攣するように震えた。ぼくは見ていないからわからないけど、泣いていたのかもしれない。
「自分でもわからないよ、ただ他のことが考えられないだけだ」
 ぼくたちはみんな黙りこんでしまった。ほんの五十センチほどしたの川岸から、水の揺れる音がする。空の半分を明かりのつき始めた塔は占めていた。六時半になって、誰からともなく起き上がり、のろのろと自転車をつないだ場所にもどった。ぼくたち四人には、それぞれの家で別々な晩ごはんが待っていたのだ。

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 『十四歳の情事』は、石田作品らしい情感表現が楽しめる小説。出だしや、エピローグが洒落てるところもいい。
 ただ、アタシ(紹介者)は、『4TEEN』掲載作の内で唯一、失敗作になってると思います。
 細かな描写は楽しめる。ストーリーにも、一応、筋が通っていないわけではない。
 けれど、作品を通して描かれる事柄には、どうしても平板感がぬぐえない。

 例えば、ジュンの言動は、あまりに大人びているようだ。
 ジュンみたいに「ぼくはまだ中学生で、玲美さんのことはどうしようもない」と怒りのような情動を募らせる14歳がいない、とは思わない。けれど、その思考は、もっと思い惑うような混乱も描かれた方が、自然だと思う。

 実際、同じ『4TEEN』に採録されてる『空色の自転車』、『十五歳への旅』では、ダイの少年らしい惑いが描かれている。
 『月の草』、『飛ぶ少年』、『ぼくたちがセックスについて話すこと』、でも、それぞれ4人組のクラス・メイトたちの思い惑いや、混乱が描かれていて、いい。

 あるいは、ジュンと玲美さんの年齢差がどれくらいなのか、最後まで読まないと明示されない。こちらには、何かしら作者的な計算もあったのかもしれないけれど。アタシの感知では、むしろ裏目に出た作用の方が大きいようだ。

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 『十四歳の情事』を粗筋でみると、“梅雨に入る直前”頃から語り始められた物語は、“期末試験も終わり、夏休みがやってくるのを待つだけ”の頃に、クライマックスを迎える。
 ジュンは、わざと夫がいる時間に玲美さんに電話をしたり、玲美さんと“つきあっている”ことをダンナが気づくように、半分は自分からバラすようにした、と言う。
 ここは、玲美さんに加えられている暴力について、見ず知らずの中学生が知ってしまった、と暴力夫に気づかせた/気づかれた、ってことがポイントだろう。もちろん、そんなふうに明示的に書かれてはいないけど。

 で、ダンナに呼び出されたジュンが、テツローとダイに同行を頼んで、暴力夫と会いに、玲美さんの家にいくところがクライマックスにあたる展開。
 語り手(テツローくん)曰く、“十四歳にしてはじめて、友人の不倫?の仲裁に立ち会うのだ”。
 十四歳の少年が、気負ってるのはわかる。けれど、この気負いは、大人の目からみると、いさかか滑稽でもある。

 思うに、中学生視点の気負いと、同じ事柄を大人視点から読んだら滑稽にもみえてしまう様子とが、うまく2重に重なるように描かれた、としたら、『十四歳の情事』は、もっと読み応えのある作品になる気がする。
 アタシが、「作品を通して描かれる事柄には、どうしても平板感がぬぐえない」と、しているのはそういうこと。

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 クライマックスにあたる部分では、呼び出されて出かけたジュンが、ダンナに暴力を振るわれる。
 予め、何があっても手は出さない、とジュンに約束させられていた僕(テツロー)は、その様子を見守る。“もしつぎにこの男がジュンに手を出したら、約束を破ってでもジュンをかばおう”と、テツローが決めたところで、玲美さんが介入。
 玲美さんは、マンションの警報ベルを使って、もし暴力を続けるなら、建物のガードマンを呼ぶと、夫を牽制すると、簡単に手荷物をまとめ、少年たちと一緒に家を去る。

 事が終わってみれば、玲美さんが大人の女性としてもっと前に試みているべきだったことに、踏み切るきっかけを、ジュンが与えた、とそういう話。
 それはそれで悪い話ではないんだけど。
 外面はいいけど、自分よりも弱いものにはかさにかかって暴力を振るうような男に、14歳の少年が立ち向かうとしたら、普通は、もっと脅えがあるはず。
 テツローくんは、親にも殴られたことがないような今時の子どもと思えるので、もっと大きく取り乱す方が自然でしょう。

 ジュンの方のキャラクター性は、その辺どうなのか、よくわからないところもある。小柄で頭のいい優等生なんだけど。妙に皮肉っぽいところや、頑固なところもあって。それがどういう成長環境に由るのか、作品集を通じても、ほとんど描かれていない。

 あるいは、暴力沙汰に場慣れしたような、例えばストリート・キッズなら、14歳でも『十四歳の情事』のように、大人の暴力に立ち向かっても意外ではないかもしれない。同じ作者のI.W.G.P.に出てくるようなね。
 けれど、『4TEEN』を読む限り、ジュンが、そんなふうに暴力沙汰に場慣れしているとは、どうも思えない。

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 繰り返して書くけれど『十四歳の情事』は、石田作品らしい情感表現が楽しめる小説。
 出だしや、エピローグが洒落てるところもいい。
 何より、14歳の早熟な感じの少年、ジュンが、年上の綺麗な女の人に抱く恋愛感情はうまく描けてると思う。

 アタシとしては、クライマックスにあたる場面に、描写の不足感を強く感じます。その不足感が、全体の内容にも波及して、平板な印象を強めてしまっている。
 細かいヵ所の描写には、味わえるところもたくさんあるんだけど、全体としてみると、平板感が強まっちゃうって意味です。

 作品のラストは、こんなふうに締められる。
 夏休みに入ってから、その後、玲美さんがどうしたかジュンから、他の3人が話を聞く。
 玲美さんは、離婚をするつもりで、弁護士に調停のすべてを委ねて、絶対に夫とは会わない構えだという。
 「障害のなくなったふたりはうまくいってるのかよ」と、ダイ。
 「やっぱり二十歳の年の差はむずかしいみたいだ。かわいいボーイフレンドには思えても、男を感じることはないんだって」と、ジュン。
 えーっと、玲美さんって34くらいなのか、と思うのは読者(笑)。ジュンと玲美さんの年齢差について、明示的に書かれるのは、このラストのヵ所が作中初のはず。

「やっぱり二十歳の年の差はむずかしいみたいだ。かわいいボーイフレンドには思えても、男を感じることはないんだって」
 だが不思議なことにジュンの声にはどこか満足そうな響きがあった。ナオトもそれに気づいたようだ。ジュンの肩をこづいていった。
「それでどこまでいったの」
 ジュンはきれいに傷の治った口を開いた。
「ディープなAまで。知ってるかい。人妻の唇ってすごくやわらかくて、舌がよく動くんだよ」
 ダイはクソーといって自分の胸をかきむしり、ナオトは顔を赤くした。ぼくの反応はどちらかといえばダイのほうに近かった。だからその日の帰り道、コンビニのジュース代をすべてジュンが払ったのは当然なのだ。

 オーラスの1文“だからその日の帰り道~”なんかは、石田衣良らしいし、『4TEEN』らしくて、クスリと笑える。
 アタシも、大方の石田小説を嫌いではないので、ラストのくだりも、好き/嫌いで言えば好き。

 でも、同時に、玲美さん、もしかしてショタ趣味? とか思って困ってしまうのも確かだ。
 別に、フィクションなんだから、ショタ趣味で30代の人妻が出てきても構わないんだけど。
 冒頭から描かれてきた作中イメージと、かけ離れてる感じで、調整困難なのは困る。

 もし、ジュンが大柄で、ブレザーでも着れば高校生にみえる14歳とかなら、なんとかこっち(読者)のイメージも落ち着くかもしれない。
 けれど、ジュンは、4人組の内でも小柄だ、とは『十四歳の情事』にも書かれてるし。作品集を通して描かれてるイメージは、セル・フレームの眼鏡をかけた、絵に描いたような優等生の中学生。
 実は、「ディープなA」云々って言うのも、ジュンの見栄なんじゃぁないのか? そんなことも考えてしまう。

 例えば、こーゆー点が、“細かいヵ所の描写には、味わえるところもたくさんあるんだけど、全体としてみると、平板感が強まっちゃう”って先に書いたことの1例です。
 玲美さんとしては、ちょっと魔がさしたような感じもあって“人妻の唇ってすごくやわらか”なキスをしてみたけど、マセてるジュンの方が舌を入れてったとかね(笑)。
 これならあるかもしれないけど。そーゆー面白そうなシーンは、やっぱり書いて読ませてほしいものです。

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