2009年、4月~6月の読書など
今年(2009年)、第2四半期の読書など。
とりあえず、第1四半期に続いて「過去10年くらいに読んだ本の再読フェイズ」が継続してる。ただ、メインは小説類にシフト。
後、ちょこちょこアニメを観てる。こちらも最新作ではなくて、ちょっと前のアニメの再見を飽きずに(笑)やってる。
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◎読書
小説類:
今年は「村上春樹さんの長編新作が出る」とは聞いてたので、少し前から旧作を読み直したり、未読作品を買って読んだりしてた。
最新作『1Q84』は、面白く読めたんだけど、今イチ腑に落ちないでいる。
面白いことは確かで、BOOK1、BOOK2の2冊を、じっくり1週間くらいかけるつもりで読み始めたけど、3日ほどで一読してしまった。
例えば、BOOK2で主要男性キャラ(天吾)が、父親と面会に行く第8章、第24章は、とても読み応えがある。作中で語られる寓話『猫の町』もいい。残念だけど、『空気さなぎ』の方については、まだよくわからないでいる。
主要女性キャラ(青豆)が関わる物語が、アタシ的にどうも読めた気がしない。もちろん、再読を重ねたいって意味だけど。
「BOOK3が書かれるのでは(?)」的な、憶測めいた噂も、ちょこちょこ聞く。この憶測は理由が無いことではないけど。今のとこは、判断保留。とりあえず、クール・オフするつもりで、旧作を読み返してて。何か思いついたことがあれば、『1Q84』もパラパラ見返す感じで読んでる。
『海辺のカフカ』とか、『神の子どもたちはみな踊る』とか、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』とか、やっぱり、面白い。再読して、前より面白く読めたのは『ノルウェイの森』や『ダンス・ダンス・ダンス』。
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村上春樹作品を読み直してると、なんとなーく、山田詠美さんの小説とかも読み返してしまう。これって、自分の読書履歴の再訪(笑)みたいなノリなんだけど。当然、以前読んだ時の感知が蘇る感じと、新しい気付きとが入り混じっる読書になって、面白い。
例えば『ぼくは勉強ができない』は、再読してみたら、以前読んだときよりはるかに面白く読めた。
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できたら夢枕獏さんの旧作も読み返したいと思ってるけど。これは、ちょっとどうなるかわかんない。
きっかけは、6月末付けで刊行された『闇狩り師 黄石公の犬』。
ノベルズ版では21年ぶりの闇狩り師シリーズ新刊。別の雑記にも書いたけど、『黄石公の犬』の犬は面白い。
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再読と言えば、石田衣良さんの連作短編集『4TEEN』についての紹介文を一通り書いて公開した。最初の短編についての紹介文を公開したのは2007年の4月。結局1冊の本を紹介するのに2年ほどかけてしまったけど。仕方ないし、構わない。
『LAST』の紹介文にもてこずってるけど。できれば『スローグッドバイ』の紹介にも着手するかどうか、考え中。
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マンガ:
6月末付けで、浦沢直樹×手塚治虫の『PLUTO』最終巻(8巻)が刊行された。
きっと、完璧版も刊行されるんじゃぁないかな(?)、特装版とも別に。
読者的なワガママを書けば、アタシ的にはもう1冊か2冊描いてほしかった。
完結した『PLUTO』の物語では、例えば、ゲジヒト刑事の欠落した記憶にまつわる出来事が、定かには描かれてない。できれば、その辺も描いてほしかったって、読者的ワガママ。
ゲジヒト刑事の欠落記憶については、直裁には描かれないことで、物語世界の語られざる断層として、描かれた細部に縁取られてる。つまり、ああ、この件は描かれてないんだなってことが、くっきりと印象づけられてる。だから、構わなくはあるんだけど。
どうも浦沢さん、手塚マンガのリヴァイズ作品を描くプレッシャーが凄いらしくて、わからなくもない。
8巻を読んで、やっぱり、マンガ家浦澤直樹は凄い、と思った。PLUTOを“主人公”的に据えてみてストーリーを見渡すと、見事に仕上がってるのが、凄い。例えば、PLUTOとアトムとの激突を遠くから、止めなくちゃとやきもきするようなウランのカット・インとかが凄くいい♪
『PLUTO』も、『MONSTER』と一緒で、本当は群像劇なんだけど、物語の焦点に1番近接してるのは、やっぱ、PLUTO。ブラウと絡んで、PLUTOも“神話的”な領域まで行くのが、ワガママ勝手な(苦笑)期待だったんだけど、今イチ。でも、ボラーの描写は“神話的”でよかったな。
普及版で、スタッフ・クレジットの後に収められたブラウ1589を巡るエピローグ的パートは、さすがに強引な気がする。こちらについては「ゲジヒト刑事の欠落記憶」とはわけが違うと思う。
ブラウが物語内で“神話的”なニュアンスのキャラなのはわかるし、エピローグ的(?)パートも描かれないよりは描かれた方が良かった。
それでも、例えば、『MONSTER』オーラスの不思議なエピソードの方が、濃い読みがいを感知し易い。
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6月には、ひぐちアサさんの『おおきく振りかぶって』の12巻が刊行された。
他に、一条ゆかりさん、立原あゆみさんのマンガとか、読んでる。
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その他:
ここでは「その他」って括りにするけど、第1四半期から引き続きで、批評書、思想書の類の再読も、たらたらと。
やっぱり竹田青嗣さん、柄谷行人さんの本が多い。
竹田青嗣って批評家、思索家について、以前はあやふやなとこもあった距離感が掴めてくる感じはあって、これはいい感じの読書。本を読んでる気がする。
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新しく読んだ本では、文春文庫版で出た茂木健一郎さんの『脳のなかの文学』が、面白かった。2005年に刊行された単行本『クオリア降臨』が、文庫化に際して改題された本、とのこと。
まず、好きか嫌いかで言うと、アタシには好ましい本。批評文芸の論集として楽しんで読みました。
ここではとりあえず、「クオリア(Qualia)」のことを「個々人に、精神現象として感知される感覚質(質感)」としておきたい。
『脳のなかの文学』は、全編にクラッシックな雰囲気を漂わせてて、突っ込みどころもありはするけど、好ましい。
アタシ的には文庫本の中盤以降の方が導入パートや序盤より楽しめた。例えば、スペインの闘牛を巡る思索「真実の瞬間」や、BBCのコメディー・ドラマを思索の糸口にした「感じるものにとっては、悲劇として」などは、短くまとまった論考文として、いいと思う。
全般にも、各所でひらめく批評的な思索や、クオリアの印象記も、あまり細かいことにこだわらなければ、面白い。面白く読めるヵ所がたくさんある。
例えば、「クオリアからはじまる」のはじめの方に書かれた、ピカソの『ゲルニカ』を、院生時代、知人に「政治的な絵」と切り捨てられて悔しいような思いをした、ってエピソードなどは面白い。
類似の経験がある人なら、類推して「ああ」とうなづけるようなエピソードだ。
さて、細かなことを言えば、『脳のなかの文学』を1冊の論集として読むと、批評的なエッセイ集といった感じと思う。
著者自身も示唆してる通り印象批評的ではあるけど、このレベルまで書かれば印象批評も悪くは無い。
そんなことは構わないんだけど。この本を、批評書として評価するには、著者と共有すべき前提が、結構ある。
『脳のなかの文学』ってタイトルだけど、扱われてるのは、「文芸を中心にして、強度の体験を与ええる表現作品、表現行為の各種」。筆者の言い方のトレースを試みてみれば「固有のクオリアを喚起しえる芸術作品と創作行為全般」についてが扱われてる。
もう少し古風でスクウェアな言い方をすれば、「芸術体験の美学的な批評」の本が『脳のなかの文学』。
「美感というのは、皆、クオリアである」って言うのは、さしあたり、アタシは構わない。「(作品ごとの)固有のクオリア」と言う言い方は、著者は使ってないと思うけど、そういうことだろうとは思うから、その限りでは、さしあたり構わない。
この点、書名は、原題『クオリア降臨』の方が良かったはず。
アタシとしても、茂木さんの本の数箇所で主張されてる「個別作品の内外で錯綜する諸々の文脈が、作品の意味や価値を決定するわけではない」的考えには同感。
なので、アタシは好ましい本として『脳のなかの文学』を読めた。もしかしたら、アタシの方の考え方は、茂木的クオリア論の視座からしたら「文脈論者」の考えとして括られちゃうかもしれないけれど。
アタシが思うには、「クオリアが喚起されるメカニズムを分析する」ことと、「クオリア体験を交感可能な形に表現すること」とは別作業であるはず。後者は前者の参考になるはずだけど、前者はうまくすれば、後者のサポートにはなるかもしれないくらいのものだ。それは、運動科学と、アスリートとの関係に類比すればわかる。
表現者だけのもんだいではない。受け手(読者など)的に、強度の体験に喚起されたクオリアをクオリアとして認知するセンスを磨くのに、クオリアの喚起メカニズムの分析が、文脈整理や、記号分析よりも、より役立つ、という保障は無い。
もちろん方法論の優劣を言っているのではない。それに「個別作品の内外で錯綜する諸々の文脈が、作品の意味や価値を決定するわけではない」このことは繰り返して強調しておく。
『脳のなかの文学』で著者が独自の観点から「クオリア」として一括している経験を、個々人が身体化していくセンスは磨けるものだ。そこには、クオリアの再起による身体化ってメカニズムもあると思える。単に「クオリアの衝突」とか「綾なし」とか言って、印象批評に直結して済ませられる話題でもない。
この辺については、茂木さんが、脳科学についてメインに書いてるような他の本を読んで、って形になっちゃってて。ある程度は仕方ないとしても、『脳のなかの文学』を、批評文芸、あるいは美学批評の本として読むなら、やはり不親切ではある。
『脳のなかの文学』について、著者がどう考えて論じているのか、アタシが1番気になるのは、上記のような問題構成に連なっていく類の話題。
こうした話題について考える糸口や材料も、『脳のなかの文学』では色々提供されてて。そこもいい。
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◎アニメなど
ともかく、少し前に初期放映が終了したアニメを観直してる。
新作は、例によってCSで地上波よりは遅く観てる、怠惰なマニア(笑)。
特に熱中して再見してるのは、『BLUE DRAGON』、『BLUE DRAGON 天界の七竜』、『キャシャーンSins』。この辺。後「地獄少女」のシリーズもあれこれ取り混ぜて観直してます。
特に『BLUE DRAGON』は、面白いなー。『キャシャーンSins』も凄い。何本かまとめて観直すたびにそう思う。
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新しく観た(つってもCSで観たんだけど)『結界師』も面白い。マンガ版はまだ未読。
噂レベルで、打ち切りになったとかならなかったとか聞くけど、アニメ版、中盤以降がことに面白いけどな。
アタシは、うずまきナルト(『NARUTO』)とか、ゴン・フリークス(『HUNTER×HUNTER』)とか、シュウ(『BLUE DRAGON』)とか、後、のだめ(『のだめカンタービレ』)とか、共通項として、「気持ちのいいバカ」が頑張るようなストーリーが好きなんだけど。
『結界師』の主人公、墨村良守くんのバカっぷりも気持ちよくって、そこがいい♪
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