NHK大河ドラマ『天地人』権勢を得、世の中を思うがままに動かす価値観をよしとしない視点で描かれた戦国武将の悲劇
ご飯を食べながらながめていたNHKの大河ドラマ『天地人』では、ちょうど利休切腹の回であった。
歴史マニアや、戦国時代好きの人たちから、かなり不評を買っている本作品であるが、その理由は、見ていてなんとなく分かる……気がする。
価値観の違い、だと思う。
時は戦国時代である。この時代の戦国武将の魅力は、やはり、その生き様にある。
彼らは動乱の時代を己の力量のかぎりを尽くして生き、戦った。ある者は勝ち、ある者は敗北した。そして、勝者も敗者も、歴史の流れの中に、消えていった。
時代が時代であるから、彼らの生き様には、どうしても野蛮で、荒々しい、権力や名声の獲得を良しとする、上昇志向の価値観がある。
しかし、『天地人』という作品は、その上昇志向の価値観をプラスに評価しない視点で描かれている。
もちろん、そんな視点が悪い、というわけではない。むしろ、現代においては、右肩上がりの上昇志向な価値観は時代遅れであり、環境や社会と調和した、優しい生き方こそが求められている。
だが、上昇志向の価値観を評価しないのと、上昇志向の価値観を否定するのとでは、やはり“天と地”ほどの差がある。
豊臣秀吉や、徳川家康ら、権勢を追い求め、武力を競った価値観を評価しないなら、それでいい。
だが、彼らの価値観を否定し、醜いもの、悪しきものとして描くのは――それは、あまりに彼らにとって気の毒であると思う。
人と価値観が違う。人の価値観が理解できない。
これは、人生においてしょっちゅうあることだ。子供の頃からのオタクであるからして、私はそんな目にばかりあってきた。私が面白い、素晴らしいと思うものを、友人も家族も、さっぱり理解できないということが、しばしばあった。
そこまでは仕方のないことだ。別に、すべての価値観が一緒でなくとも、友人にもなれるし、家族として仲良くすることに問題はない。
けれどもし、誰もが自分と違う価値観を否定し、貶めるようになっては、人生はたいへんギスギスしたものになると思う。
では、『天地人』がどうなればいいかというと――実はこれはこのままでいいと思っている。
結局のところ、『天地人』はテレビドラマであり、ドラマにおいて敵対関係にある相手の価値観を否定し貶めるのはよくある手法だ。
バトルにおいても、昔の『伊賀の影丸』のように、戦闘の結果が強いか弱いか、あるいは技の相性で勝敗が決まった時代と違い、今や哲学戦闘という、敵の力の根源にある信念や価値観を打ち砕いた後で勝利するという戦闘の流れが普通に使われる時代だ。
「太閤殿下が、己の権勢で人の情を好きにできると思っているのなら――いいだろう、俺がそのふざけた幻想をぶち殺す!」
などと直江兼嗣さんが右腕を振り上げるよーな展開もアリであろうと思うのだ。
面白い人がより面白くなるよう、ドラマを作るのは当然のことである。面白くないという人を減らすよりは、よほど効果的でもある。
まったく志向が逆の作品で言えば、エロやバイオレンスが嫌いだという人のために、それらを減らしたり、濃度を薄めるより、さらに多くのエロ好き、バイオレンス好きが満足できる作品作りをして、嫌いな人には見せないようにする方が、みんなが幸せになれるように。
では、『天地人』が面白くないという人はどうすればいいかというと、これはもちろん、見なければいいのである。
自分の価値観やコダワリは大切にするなら、他人の価値観やコダワリも尊重するべきなのだ。自分の価値観やコダワリ全否定の作品がもしあったとしても――そこで作品を否定しては、ただの無限ループだ。
否定しあったところで、何も得ることはない。そんなものには近寄らない。これが一番なのだ。
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