『戦史の名画をよむ:ホーエンフリートベルク』有坂純(『歴史群像No.96』)から、歩兵横隊戦術について

 ホーエンフリートベルクと言われても、何のこっちゃという人は多かろう。
 時は1745年、ところは中央ヨーロッパ。
 いつものようにお家騒動からはじまり、各国の欲望が入り乱れたオーストリア継承戦争のクライマックスの戦いがあった土地の名前だ。
 火事場泥棒的にオーストリアの領土をかすめとろうとするフリードリヒ大王率いるプロイセン軍が、ホーエンフリートベルクでオーストリア軍を大いに打ち負かしたのだ。続く講和でプロイセンは豊かで人口も多いシュレジエン地方を手に入れることに成功し、プロイセンが将来、さらなる飛躍をとげる基礎を固めるのである。

 さて、有坂純さんの記事で紹介されている名画はwikipediaにも画像リンクがあるので、まずはごらんいただきたい『ホーエンフリートベルクの戦い』

 絵のタイトルが“Hohenfriedeberg.Attack.of.Prussian.Infantry.1745”で副題『1745年のプロシア歩兵の攻撃』であるように、この絵は当時の横隊戦術の様子を描いたものである。
 有坂さんの記事では、この絵と前にも紹介された『フォントノアの戦い』を引き合いにだして、当時の歩兵たちの悲惨な実態と戦場の実相を考察されている。

 さて、詳しくタメになる話はそちらの記事を読んでもらうとして。歴史ヨタ話をしてみよう。
 皆さんの中には、この絵を見て疑問に思われるむきはなかったろうか?

「なんで、密集して並んでるの?」
「流れ弾みたいなのでも飛んできたら、誰か死ぬよね?」
「現代の兵隊さんとか、こんなことしてないよね? 散ってるよね?」

 私がこの絵を最初に見たのは、高校時代に七年戦争についての本を読んだ時のことである。その時に感じたのが、上述した疑問だった。

 というわけで、当時の自分と同じ疑問を抱く人への回答を考えてみよう。

●結論:横隊にしたのは十分な火力を得るため

 隊列を散開させたり、あるいは味方の火力支援のもと、遮蔽物から遮蔽物へひょいひょい移動する現代の歩兵戦術は、歩兵ひとりひとりの持つ火力が自動小銃、突撃銃で高くなったから有効なのである。
 18世紀の先込め式マスケット銃は、1分間に2発の弾を、300歩(約90m)離れた敵に対して射撃する。フリードリヒ大王は徹底した訓練によって、優秀な部隊であれば射撃回数を1分間に5発にまで上昇させているが、全体としての歩兵ひとりあたりの火力はさほど高くない。
 歩兵ひとりあたりの火力が高くないので、歩兵ひとりあたりの価値も低い。兵の安全性を高めるために散開させるよりは、ぎっちり隊列を詰めて火力を向上させる方を選んだわけで、なるほど当時は脱走したがる兵が多く規律が厳しかった理由もよくわかろうというものである。

 プロイセン歩兵の横隊とは、部隊としての火力をいかに向上させるかだけを追求した仕組みなのである。スペインのテルシオ隊形から、マウリッツの改革、三十年戦争におけるグスタフ・アドルフの歩兵部隊を経て到達した、火力向上を追求した果てにある究極の横隊なのだ。

 射撃効率を重んじたため、隊列は薄くなった。マスケット銃に銃剣を装備するようになったため、白兵戦でしか使えないパイク兵、長槍兵はいなくなった。
 無駄を徹底的に排除して進化することで、横隊は火力向上という至上命題を満足させたのである。

●弱点:動きが鈍い

 しかし、進化が時として環境への過適応となって変化に弱いように、歩兵横隊には、弱点もあった。
 それが、動きの鈍さである。横隊は薄いがゆえに側面が弱いが、動きが鈍いので対応が難しい。
 さらに近接戦闘に特化した長槍兵、パイク兵を削ったことで、側面から肉薄してくる敵にはかえって脆くなった。
 その弱点をついたのが騎兵。それも軽騎兵である。中世において軍隊の主力であった重装騎士は、その鈍重さからスイスパイク兵などの密集歩兵部隊に駆逐されてしまい、ピストルを手にした竜騎兵にとどめをさされた。
 だが、重騎士による突撃がなくなり、銃剣が登場したせいで、パイク兵、長槍兵もまた戦場から消えてしまう。
 ここにきて、騎兵はついに装甲を捨てる。いくら装甲を持っていても、進化した銃の火力を防ぐことはできない。それくらいなら、重い装甲を限界まで捨て、スピードに特化した方がいい。
 速度と機動力に優れる軽騎兵は、こうして歩兵の横隊を側面から突撃して切り崩す役目を再び担うようになったのだ。
 フリードリヒ自身も、オーストリア継承戦争ではクロアチア騎兵ら軽快な騎兵部隊に何度か痛い目にあっている。軽騎兵の重要性を認識したフリードリヒは、自らも軽騎兵を増強してその後の七年戦争で活用している。

●終焉:兵器の進化と共に消える

 横隊とは、銃という、絶大な威力を持つが発射速度の遅い武器をいかに活用するかという試みから生まれた。
 しかし、進化の中でさまざまな無駄な要素を切り落とし、ただひたすら火力だけを求めた結果、横隊は単体としては脆い存在になってしまう。
 薄く、側面に弱い横隊は、それだけでは戦場すべてを支配できなくなる。それでもしばらくは、衝撃力に特化した縦隊と組み合わせたオーダーミックス、散兵や機動力をあげた騎馬砲兵による火力支援の元で、隊列を組んだ歩兵の横隊は生き残る。

 しかし、技術の進歩が別の形での「火力の向上」が実現したことで、横隊は完全にその役目を終える。発射速度、威力がともに向上したライフル銃、連続した弾幕をはる機関銃、射程と威力が歩兵とは別次元にまでふくれあがった大砲。
 これら兵器の進化が、隊列の進化を凌駕したとき、歩兵横隊はその役目を終えて消滅したのである。

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