『鹿洲公案 清朝地方裁判官の記録』著:藍鼎元/訳:宮崎市定 中国版遠山の金さんの名裁き

 『鹿洲公案』とは、副題にあるように、清朝の役人であった藍鼎元(らん ていげん)が広東州潮陽県の知事になった時の裁判記録(公案)である。
 地方裁判官とあるが、実態は、江戸の町奉行、大阪奉行などと同じように、警察、検事、裁判、税務など、もろもろの任務が込みである。

 さて、藍鼎元が広東州潮陽県の知事となった18世紀初めは、清朝5代の雍正帝の時代である。
 清朝5代といっても、清朝の初代となるヌルハチ、2代目となるホンタイジは、いずれも満州にある後金の地方政権である。3代の順治帝になってようやく中原を支配するようになり、4代康煕帝が清国の形を整え、その後を継いだのが5代、雍正帝だ。まだまだ、国家としては若く、力強い時代である。

 天下太平。しかし中国は広い。広東州潮陽県は鼎元が赴任する前に天災や飢饉にみまわれていた。生活が苦しくなった民が増えれば治安も悪化する。租税の徴収など公務がおろそかになれば風紀も乱れる。
 その代表とも言うべきは、租税の未納だ。
 飢饉が続けば、租税を納められない者が大勢でる。無い袖は振れないわけだから、役人も中央に報告して、免除などの手続きをとる。が、一度払わなくなったものを、飢饉が終わったからといってすぐに払うようになるかというと、そうはいかない。
 どんなものでも、免除していたり、安くしていたものを高くすれば不満がでる。昔はそのくらい払っていたろうと言われても、ヤなものはヤなのである。

 この難題を解決できず、鼎元の前の知事4人は、いずれも一年と持たずに知事を免職されている。汚職に手を染めた。無能で税金の徴収ができない。無理に取り立てようとして反抗される。帳簿だけ徴収したことにして実態がない。

 そこに送り込まれた鼎元は、上司曰く「物事の軽重を弁えた男」である。
 鼎元が最初に取り組んだのは、潮陽県に駐留する地方軍へ食糧を配給するための租税徴収だ。そも、国家の第一の責務とは治安の維持である。古代ローマのパックス・ロマーナが偉大なのは、ローマが侵略戦争に強かったからではなく、長年の侵略戦争でつちかった強大な軍事力と富を持って治安維持を成し遂げた点にある。たとえ最低最悪の独裁者であろうが、治安維持に成功すれば為政者として及第点。治安維持ができなければ、いかな賢王であろうが友愛の君主であろうが為政者として落第である。
 だから、為政者は治安維持を司る国家の暴力機関としての軍・警察の手綱を常にしっかりと握っておかねばならない。そのために重要なのが、軍隊に、ちゃんと生活できる給料を支払うことである。
 しかるに鼎元が赴任した時の潮陽県では、軍への配給が大いに滞っていた。これは二重の意味でまずい。もしも軍隊がそのまま盗賊になれば治安維持どころの騒ぎではないし、たとえ盗賊にならなくとも副業を始めたり、地元の豪族や商人と結びついてしまっては国家が独占的に握るべき手綱がゆるんでしまう。
 現代でもアフリカの「失敗国家」では、安い給料や遅配で生活できない軍人や警察官は、手にしたカラシニコフ(AKライフル)を使って自分で金を稼ぎはじめている。むろん、治安が良くなるはずもない。

 しかし、配給しようにも、県の倉庫は空である。租税を徴収するには時間がかかる。そこで、上からは倉庫に備蓄のある他の県からまず食糧を軍へ配給し、しかるのちに租税の徴収でこれを埋めよとの方針が定まるが、鼎元はこれを利用する。

 鼎元が狙ったのは、元から貧乏な上、連年の飢饉で自らも余裕のない貧乏人ではない。飢饉の間もそれなりに生活をし、飢饉が終わった今は十分な余裕がある富貴名家だ。
 富と名声を持つ豪族たちは、もちろん手下も大勢抱えている。税金を払えと強弁したところで聞く耳を持たないだろうし、役人をやって強制しようにも、実力で排除される。中には金を積んで学生身分(科挙合格者)や官位を手に入れているものもあり、根無し草な中央の役人である鼎元を恐れることなど、ありはしない。

 だが、豪族たちの持つ声望と身分という強みこそが、彼らの弱点でもある。鼎元はそこをうまくつき、布告を出す。

「そもそも潮陽県は広東州東部における堂々たる大県である。肥沃な耕地面積は二百余里平方、昔から米所として知られた土地だ。文化も盛んで人物も多く出た。家柄を誇る名族の多いことは潮州府内で随一といわれる」

 という文章で始まる布告は、まず豪族たちの権力基盤である地元を誉めている。さらに、天災によって飢饉が続いたので租税を納めることができなかったのは仕方がないと同情し、飢饉が終わった今も税を納めないのは「汚名を返上する機会」であると訴える。
 租税を配給される地方軍の兵士たちは同じ地域の同族であり、彼らを餓えさせるのは、「恥」であると慨嘆し、さらに、中央からは他の二県よりとりあえず食糧を運んで配給しろと言われたが、「小さな隣県に頼らざるをえないとは何と情けない」ことだと嘆く。
 その上で租税を一部免除した上でちゃっちゃと支払えば、これまでのことは水に流すという利を説くのである。

 中国とは昔より文によって立つ国である。このような布告が知識階級に回されそしておそらくは隣県も含む広東州にも流れたとなると、豪族たちとしても、無視はできない。

 豪族の権力や富を支える声望とは、たとえ一時の損になろうとも面子を保つことで維持される。面子が潰れてしまえば、声望など脆いものである。そこを突いた鼎元の頭脳の勝利だ。

 しかし、それでも強欲が勝り税を納めない豪族もいる。そういう豪族に対しては、鼎元は次の手を打つ。豪族の多くは官位を持っているがゆえに、しばしば役所にやってくる。そこを捕まえて、税の完納を迫るのである。
 もちろん、言を左右してごまかそうとするから、そこは鼎元、役所の中という地の利を生かす。

「いやいや、結論を急がなくてけっこう。どうぞ、何日でも滞在してください。ところで、税金が未納のままだと私が中央に報告すれば、貴君の身分は剥奪ということになります。そうなってはご先祖様にも顔向けができませぬなぁ」

 そうやって、完納するまで牢屋に放り込むのである。

 これは本書にある最初のエピソードで、これも含めて23のエピソードが収録されている。
 いずれにも共通するのが、鼎元の優れたバランス感覚と揺らぐことない目的意識だ。
 彼は常に落としどころを探りながら裁きを行っている。悪党と妥協をすることも、決して辞さない。頭のいい損得勘定のできる悪党であれば、「得になるなら、良いこともする。そして損にしかならないなら、悪いことはもうすまい」と鼎元は考えるのだ。

 法律とは無理矢理に守らせても、うまくいかないものだ。
 法律を、自らすすんで守ろうという流れ(輿論、あるいは空気)に持ち込んでこそ、うまく機能するのである。

 18世紀の中国にいた遠山の金さんの事例からは、法に携わるものが常に肝に命じるべきことが読み取れると思う。
 宮崎市定先生の名調子の翻訳も楽しい、優れた一冊である。

この記事へのトラックバックURL:

http://drupal.cre.jp/trackback/2901


この記事をブックマーク