『彷徨える艦隊 3、4』ジャック・キャンベル 星図の追加と、宇宙戦闘についてあれこれ

 まずは、ミリタリー系スペースオペラ『彷徨える艦隊』の3巻と4巻の星図をアップしよう。

『彷徨える艦隊3&4』星図『彷徨える艦隊3&4』星図

 星系の数が増えたのでちょっと縮小。ハイパーネット・ゲートの島津マークがちょっとつぶれてしまったか。

 さて、毎巻派手な宇宙戦闘が行われているこのシリーズだが、もちろん、科学的にはホラを吹いている部分が多くある。
 0.1から0.3光速で戦闘艦をぶっとばす謎の推進機関や、原理不明の防御シールドなどがそのホラ部分である。
 しかし、これらのホラには、ちゃんと一本スジが通っている。必要性のあるホラなのだ。そこが大事な点である。

 『彷徨える艦隊』におけるSF的なホラは、「陣形が大事な艦隊戦を成り立たせる」ためにあるのだ。
 谷甲州さんの『航空宇宙軍史』での宇宙戦闘を読んでいただけると分かるが、できるだけホラを減らそうとすると、宇宙戦闘は戦闘艦の機動力に比べて、射程が大きくなりすぎる。
 地球の直径は1万2800キロメートル。
 地球から月までが38万キロメートル。
 映像的にサマになるよう、惑星を背景に入れるような感じで、宇宙艦隊が距離3万キロメートルで撃ち合っていると仮定しよう。
 光速が秒速30万キロメートルだから、レーザー砲であれば、0.1秒で目標に到達する。光速の1/10に加速したプラズマ砲をビームにして撃つ場合でも、1秒で目標まで届く。
 ここまでは、特に問題はない。

 では、戦闘艦の機動力はというと――こちらが問題だ。機動力とは加速力である。

「さすが新型。すごいGだっ!」

 などとパイロットが言う、アレだ。3Gで我々が普段感じている重力の3倍、10Gで10倍だ。100Gとなると、サイヤ人でもなければ死んでしまう。
 1Gとは、9.8m/秒。
 10Gで98m/秒。
 乗員がぺちゃんこになるような、10G加速であっても、1秒に変えられるベクトルは約0.1kmだ。
 1秒に0.1kmもベクトルが変化できるなら、地上ならとんでもない機動力であるが、射程3万kmで撃ち合う宇宙空間では、ほとんど目立たない。
 なら、速度はどのくらいだろうか? 同じ惑星の衛星軌道にあるのであれば、惑星の周囲を秒速1~10kmくらいで回っていると考えられる。加速、減速をかけると、軌道要素が変わって、楕円軌道になったり、軌道が低くなったり高くなったりする。こうなると少しめんどくさいので、衛星軌道にはない状態で、互いに秒速10キロメートルで直進しているものとしよう。時速で3万6千キロメートルだ。

 比較のために、第二次世界大戦の戦艦同士の撃ち合いで考えてみよう。この頃の戦艦の主砲の射程がおおよそ30キロメートル=3万mであるから、スケール的に1000分の一である。
 では、戦艦の速度は? おおよそ時速40~50キロメートルくらいである。これは加速力ではなく、戦艦ともなると慣性が大きいので、急には進路を変えられない。しかし、宇宙空間と違い、ある程度は速度を保ったまま、進路を変更できるのは大きい。
 戦艦の速度を、スケール1000倍すると、時速で4~5万キロメートルになる。

 ここで先の機動力の問題が出る。宇宙ではニュートンの慣性の法則が厳密に適用されるため、速度に比べて機動力の不足が大きくなる。
 10Gとか100Gとかのものすごい加速が可能であればなんとかなるが、ここで問題となるのが宇宙船の質量比である。たとえば1万トンの宇宙巡洋艦が、反物質ロケットエンジンとか、ブラックホール駆動ロケットエンジンで、推進剤を秒速1万キロメートルで噴射した場合、1秒間の10G加速(約0.1キロメートル/秒)に、1トンの推進剤を消費する。10分間で600トンだ。推進剤を使った分、宇宙船も軽くなるので必要とする推進剤は少なくなるが、それでもフルで加速していては、あっという間に燃料タンクが空になってしまう。
 この場合、燃料タンクの残量を気にしながら、ここぞという時に加速をかける感じになるだろう。海の戦いで言えば、戦艦というよりは、充電池で動くディーゼル潜水艦の戦いが近いかもしれない。

 『彷徨える艦隊』はスペースオペラである。そのため、宇宙空間のスケールそのものはいじれない。星系の外縁部にジャンプ点があるならば、それは恒星から何億キロメートルも離れているわけで、ジャンプ点からジャンプ点へ移動するには、どうしても0.1光速~0.3光速、つまり、秒速3万キロメートルから9万キロメートルの速度が必要になる。
 その速度を自在に与えるため、超機動力のあるエンジンと、加速で乗員が潰れないための仕組み(慣性制御や類似の保護フィールドなど)が生まれた。また、描きたい戦闘場面が艦隊運動や陣形を大事にするため、相対的に射程を短くする必要があり、そこで生まれたのが防御シールドである。
 実は、艦隊戦を描くにはその両者が必要だというのは、E.E.スミスの『レンズマン』シリーズですでに明らかになっており、『彷徨える艦隊』はそれを踏襲しているとも言える。

 このへんのこちゃこちゃした数字や理屈は、スペースオペラを楽しむために必須というわけではない。気にしたくなければ、大ざっぱに感覚的に処理してもいいのだ。
 だが、数字や理屈には、独特の魅力がある。こちゃこちゃと数字や理屈をこねくり回したり、電卓を叩いたりするのが楽しいという人も、それなりにいるのだ。

 こねる人も、こねない人も、お互いに喧嘩せず、楽しみたいものである。

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