『スラン』A・E・ヴァン・ヴォクト 中二病は滅びぬ! 何度でもよみがえるさ! 中二病こそ、少年の夢だからだ!
浅倉久志さん追悼の意も込めて。『スラン』をそれこそ30年ぶりくらいに読み直す。『宇宙船ビーグル号の冒険』や『非Aの世界』と並び、ヴァン・ヴォクト氏の描きだす絢爛豪華な未来絵巻は、当時まさに中二病患者まっさかりであった私にとり、バイブルとも言うべき本であった。
前半の内容をざっくりまとめると、こんな感じだろうか。
少年は、命を狙われていた。
なぜなら少年はスラン。新人類だからである。
スランは常人より優れた肉体・精神能力を持ち、さらには心を読む超能力を有していた。
選ばれし存在であるスランを、人々は恐れ、迫害し、見つけしだいその命を奪った。
少年の父も、母も、スランを憎む人々に殺されたのである。
ゴミためのようなスラム街で、己の正体を隠したまま少年は成長した。そして15才になった少年は、死んだ父から託された「力」を手に入れる。
原子を思うがままに操る科学の「力」だ。
しかし、この時に少年は恐るべき真実を知る。スランの亜種、超能力の源である触毛のない、無触毛スランが、正体を隠して社会の裏側を支配していたのだ。
しかも無触毛スランは、純正スランを憎み、滅ぼそうとまでしている。
人間からも追われ、本来ならば仲間である無触毛スランからも追われ、孤独な逃亡生活を続けながら、少年は父から託された「力」と共に純正スランを探し続ける。
だが、ようやく巡り会えた純正スランの少女は――
危機また危機。苦難に次ぐ苦難。
優れた力を持ちながら、過酷な運命に翻弄される少年と少女。
本書が雑誌連載された第二次世界大戦当時、70年前のSFファンが自分たちを「新人類スラン」になぞらえたほどの熱狂が納得できる中二病ぶりである。
そして現代。日本のハヤカワや創元から新作として出される日本のSFからは中二病が消えた。もともと、中二病とは少年のためのものである。対象読者層の年齢が上がれば、中二病が消えるのもやむなし、ではある。
読者の多くも成長して年を経ると、中二病をバカにしたり、あるいは中二病を好んだ過去の自分を否定したがる傾向がある。英米のSFでも、ヴァン・ヴォークトの物語をからかった短編小説が掲載されたりもしているし、ニューウェーブ運動なども一種の「脱中二病」と言えよう。
それもまた、青年らしい稚気である。そのうち、めぐりめぐって、「パンツが空を飛ぶって素晴らしいよね」となるのだ。
それに、そう悲観するほどのことはない。現代の少年たちが好んで読むライトノベルには、『スラン』と同様に、あふれんばかりの中二病が存在する。
なお、『スラン』を読み直して、本作に一番近いライトノベルはなんだろうと考えてみた。私のみるところ、一番近いのは鎌池和馬さんの『とある魔術の禁書目録』ではないかと思う。
『スラン』の主人公である少年は常に苦難の道を歩みつつも、倫理的にはきわめて高いレベルを保ち、コトあるごとに和解の道を探ろうとしている。特に無触毛スランを相手に演説をぶつあたりは、我らが上条さんの説教モードを彷彿させるのであるが、いかがだろう。
「私を殺すがいい。お前たち、蛇(純正スラン)と我ら(無触毛スラン)との間に、和解などありえない」
「……納得いかねえ」
「どこがだ。お前もスランなら、論理的に納得しろ」
「いーや、納得いかないね! だいたい、前提がおかしいだろ! なんで純正スランが無触毛スランを滅ぼす必要がある? お前らは、ただ自分たちの境遇を純正スランのせいだと思いこんでいるだけだ! そうすりゃ、自分たちは被害者だからな。そんなのは論理じゃねえ! 幻想だっ!」
(『スラン』上条さんバージョン)
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