一条ゆかり、著、『プライド』12,「歌っていればどこかで必ず会えるわ」と、史緒は言った。
ベテラン・マンガ家、一条ゆかりさんの『プライド』が、全12巻で完結。著者の最長長編となりました。
オペラ歌手の一流を目指す美女2人、史緒(麻見史緒)と萌(緑川萌)、生まれも育ちも信条も、そして歌手としての資質も水と油のように異なる2人。
そんな2人の、プライドを巡るラブ&バトルの物語だった、この作品。
波乱万丈で、良くも悪くもメロドラマチックな展開を重ねてきた物語は、12巻で無難に収束。
最終12巻は、一条マンガのクライマックスらしい破天荒な展開が、喰い足りない感じですけど。ともかく、ハッピーエンドとして、長い物語は締めくくられました。
「そんなことない、終盤も充分波乱万丈」って、言う人もいるかもしれませんけれど。アタシ(紹介者)としては、無理の目立つ幕引きだった、とは思います。少なくとも、駆け足感の強い最終巻ではあるでしょう。
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12巻序盤のいいシーンとして、アタシ(紹介者)は、まず、S.R.M.のスタジオ録音に先立つリハーサルに前後する場面を挙げます。
この録音は、7巻で、やっぱりスタジオ録音された“INVOCATION(祈り)”のヒットに、9巻でベティの日本コンサート・ステージに立っての勢いも得た、シングル第2弾の録音。
史緒、萌、蘭丸、メンバー3人の際どいスケジュールを縫うように設定されたリハーサルの休憩時間、出産を控えた大きなお腹をさするようしながら、小さく唄を口ずさむ萌を観て、史緒は、“初めて--美しい人だと思った”。
「すごいのね」と、思わずといった感じで、萌に語りかける史緒。
「すごいのね/
ずっと欲しがってばかりいた萌さんが/与える喜びに満ちているなんて/人ってこんなにも変わることができるんだ/
私…/ずっとあなたが嫌いだった/歌だけが私たちを結びつけると思ってたの/
でも/今のあなたは素敵だわ/
あなたと歌える事は私の誇りよ/ずっと一緒に歌っていきたい」
結局、史緒はどこまで行っても史緒です(笑)。
本心からの言葉を、正面から人に伝えようとする時、わざとではなく、本人もどうしようもなく、上から目線にしか聞こえない言葉しか出てこない不器用な女(笑)。
この史緒の言葉を聞いた萌の反応がいい♪
「あなたと歌える事は私の誇りよ
ずっと一緒に歌っていきたい」“あこがれて--
あこがれて--
ねたんで
うらんで
傷つけた/人から”
“何よりも/自分の誇りを/大切に生きて/いる人に/
あなたと/歌える事は/私の誇りだと/言われた時”
“自分が/どれほどの罪を/犯してきたか/初めて気付いた”
“神様!”
“私はもう二度と/この人を傷つけ/たくないです!!”
ここでは、『プライド』って長い物語を綾なしてきた幾本かの筋の内、太い筋の1つが、確かにある決着を観せた感があります。
この箇所での萌のセリフ(心中モノローグ)には、唐突な感じの箇所もあるけれど。キャラクターの高ぶりがもたらした直感(萌にとっての直感)と思えば、呑み込みづらいものでもない。
“自分がどれほどの罪を犯してきたか”って言い方には、大げさなものも感じられるけれど。「どれだけ酷いことを史緒に重ねてきたか」と、意味をとってみれば、“神様!/私はもう二度とこの人を傷つけたくないです!!”って思いを導き出す直感として、わかると思うな。
この、萌の回心とも呼べる1つの決着は、第10巻で彼女が出産を決意し、11巻で「マノンレスコー」を、もはや以前のようにドラマチックには歌えなくなっていた流れを踏まえて、とても自然な決着と思えます。
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ところで、蘭丸が、S.R.M.第2弾シングル(シングルなのでしょう多分)に用意した楽曲は“life・生命”。
S.R.M.にほれ込み、ずっとプロデュースしてきた、広告代理店のエージェントたちは、リハ翌日の録音に立ち会って「前回は風 吹いて寒いわ淋しいわ/秋から冬に向かうような曲でしたよね」「春だな」と、評してる。
この時の録音、イタリアで萌に声楽を教えてたリカルド先生が聴いたら、どう思うだろう? あるいは、萌の後援者である山田氏、「マノンレスコー」を、もはや以前のように歌えなくなった萌の「ふるさと」に涙した(10巻)日系移民の山田氏が聴いたら、どう思うだろう??
そして、8巻で、萌の才能を「ネガティブを武器に 不幸を食って太る(歌手)」と、評したベティが聴いたら、どう思うのだろう?
特に、最後の「ベティが聴いたら」は、アタシには凄く興味深い。
ベティの弟子である蘭丸は、“life・生命”のリハーサルを「完璧だぜ」と、評してるけど。ベティには、又、別の評価がありそうな気がするのよね。
元々、萌は「さ迷える魂の震え」を表現できる才能、として蘭丸に見出された歌い手。
萌が、春のような“life・生命”の歌唱を、どんなふうに表現したのか、もっと多視点から描いてほしかったな。はっきり書くと、オーラスに向かうバタバタっとした展開の内で、駆け足で描かれてしまった感があり、残念です。
特に、歌い手としての資質が異なる史緒と、萌の、互いが互いを補い合うようなハーモーニーがどう活かされている歌なのか? が、ちっともわからない。S.R.M.の売りは、多声的と呼んでもいいような、ちょっとハズせば不協和になりかねないような、微妙なハーモニーだった、はずですけれど。
レコーディングの場面を読む限り、まさか単声的になっちゃってないかしら?? とか、不安になるくらい、あっさり描写が流れていきます。この描写は、駆け足すぎるでしょう。
アタシがベティのコメントとかを聞いてみたいのも、その辺についてなんですよね。
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ともあれ、すでにウィーンで「ばらの騎士」のオクタヴィアン役を掴んでる史緒は、録音が終わるやスタジオを出ようとします。
「あわただしくてごめんなさい/ホテル帰って荷造りして/さすがにシャワーくらいあびたいし」と、駆け出しそうな史緒を、「あっ…」と、萌が呼び止める。
ここでの史緒と萌のやりとりも、いい♪
「あわただしくてごめんなさい/ホテル帰って荷造りして/
さすがにシャワーくらいあびたいし」
「あっ…/あの…/あの…/
たぶんこれで/会うの最後/
イタリアで/子供産んで/育てるの/
結婚式にも/出ないし/もう日本には/帰らないと思う/
だから/史緒さんとは/ここでお別れを/言います!ごめんな/さい!!
ありが/とう!!」
「歌は/やめない/でしょ/
歌っていれば/どこかで必ず/会えるわ/その時まで/元気で」
「元気で…」
前の巻までを読んできてる人は、知ってることだけど。
萌が、シングルマザーとして出産することを選択している子供を、孕ませた神野氏は、史緒の婚約者。
そんなこともあるから「結婚式にも出ないし」「史緒さんとはここでお別れを言います!」、だって“私はもう二度とこの人を傷つけたくないです!!”だから。
史緒の方は、この時点では、そんな事情には気付かずにいるけれど。
それでも「ありがとう!!」と、言わずにいられなかった萌は、その心情も言動も天晴れですらある。
そして、そんな萌の本意に気付かないまま「歌っていればどこかで必ず会えるわ」と応える史緒も、その言葉をかみしめる萌も、せつなくすらある。
ここの別れの場面みたいのが、深く「ドラマチック」な場面なのだわ♪
こーゆーのを読まされると、マンガ家一条ゆかりは、やっぱりすごい☆ と、思えます。
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1巻で、史緒に向かって「(プライドなんて)そんな役に立たないものは捨てました」と言い放った萌だけど。
ずっと『プライド』を読んできて、アタシが思うには、これは萌自身の勘違い。
長い間、ダーティー&ハングリーな上昇志向で史緒とラブ&バトルを繰り広げてきた萌は、萌なりの、ダーティー・キャラとしてのプライドは、ずっと秘めてきてた。
長い間「自分の母親のような女にはならない」って形で本人に自己理解されてきて、「プライドなんかは捨てた」とも自己理解してたところが、萌の不幸なんだけど。
萌には萌の、史緒とは別様のプライドがあったはず。もちろん、それをうまく形にはできずに足掻いてきたのだけど。
だって、ほんとうにプライドを捨てたなら、神野氏に認知も養育費も求めずに、自分で育てるってシングルマザーを志向するはずがない。
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アタシが思うには、『プライド』12巻の、真のクライマックスは、“life・生命”のリハーサル場面から、録音場面を挟んで、萌と史緒とが別れの言葉を交わすところまでの、一連のシークエンスだと思えます。
録音場面での楽曲描写が駆け足ではなく、もっと多声的に描かれていたら、もっとはっきりクライマックスらしくなったことでしょう。
この一連のシークエンスに比べれば、続くエピソードはみんな、長いお話をまとめるためのものに観えちゃうのが12巻の喰いたりなさ。
色々と派手な出来事も次々起きますけど、一条マンガとしてはドラマチックさが不足してる。
この「ドラマチックさの不足感」は、実は微妙なポイントです。
マンガ家一条ゆかりの真骨頂は、やはり単行本2、3冊前後の中篇、ってことなのかもしれません。
12巻の中盤以降、次々連鎖する出来事は、面白おかしく読めはするのですが、全12巻の長いドラマの終盤エピソードとしては、いずれも軽すぎ、薄すぎる。7巻や8巻で描かれた盛り上がりと比べると、どうしても喰い足りない。
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例えば、ウィーンに戻った史緒が、上演後の記者会見で、亡き母親の名誉を護る場面があります。
この場面とか、うまく処理されてますけれど。
細かいとこまで読むと、史緒が、今のライバルであるマレーネの支援も受けて護れたのは、実は「歌姫としての母親」の名誉なんですね。つまり、舞台の上のパーフォーマーとしての名誉は、護られた。
結局、史緒が、若き日の母親の、オフステージで苦悩もしたはずだろう、生身の女としての人物像を知り、理解するような物語エピソードは、最後まで描かれずに『プライド』は終わってしまいました。
何かがあったはずと思うんです。そうでなければ、木原さわこ(史緒の母親)が、今の史緒の父親と結婚して、事実上の引退なんてコースを歩んだ事情に納得がいかない。
はっきり書くと、「生身の母親」の実像を史緒がイメージする物語が描かれないままで終結した点は、『プライド』ってマンガの欠点になっています。
まるで、理想化された母親像を盲信したままで、歌唱力などの技術面だけで、母親を超えたことになってる展開。ここも喰い足りない。
例えば、神野隆も、少年時代に憧れを抱いていた若き日の木原さわこのイメージを史緒に投影しながら、政略結婚を申し出てて婚約した。
その後、神野氏が史緒に惹かれていった、その展開はいいんです。惹かれていく過程で、「憧れ的女性像の投影」ではなくて、生身の史緒の人物像を神野が理解するって感じが、どうも薄い。
この点は史緒の方にも責任、なくはない(笑)でしょうけれど。まるで、1つの理想像から別の理想像にシフトしただけのような感じが、神野氏の方の恋愛描写にはあって、ここも喰い足りない。
総合して評価すると、『プライド』のハッピーエンドは、一見ドラマチックにみえるかもしれないですけど、一条マンガらしい、破天荒なドラマチックさは、限りなく薄いものになってしまいました。
何より、他の一条作品のハッピーエンドに観られるような、皮肉っぽくもある批評的な視点が、観当たらない。
絵に描いたようなハッピーエンドを描いても、「このハッピーさは、つかの間の幸福感(だからこそ人生の宝)」とでも言うような、鋭く批評的な視点が、一条ゆかりのコミカルな物語の真骨頂なのですが(例えば『女ともだち』や『正しい恋愛のススメ』のハッピーエンド)。
比較すると『プライド』オーラスのハッピーエンドは、まるで本当の御伽話のエンディング「それからみんな末永く幸せに暮らしました」であるかのようになっちゃった。
これは、一条作品らしくないです。「恋愛はいいと思うけれど、恋愛バカは嫌いだ」みたいなのが一条ゆかりらしさ、であるはずだから。
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すでに書いたように、12巻の真のクライマックスは、「“life・生命”のリハーサル場面から、録音場面を挟んで、萌と史緒とが別れの言葉を交わすところまでの、一連のシークエンス」になっています。
「なっています」っていうのは、表現のバランス、ドラマチックさの深さのバランスから、先に挙げた一連のシークエンスが、12巻のクライマックスになっちゃってる、って含意ですけど。
正直に書けば、雑誌の連載でも、単行本でもずっと楽しみに追いかけてきた読者の1人としては、いささか淋しいエンディングを、12巻は迎えてしまいました。
長い物語を綾なしてきた幾つもの筋が、史緒中心に整理されすぎた感があります。
もし、できうるならば、「“life・生命”のリハーサル場面から、録音場面を挟んで、萌と史緒とが別れの言葉を交わすところまで」で、いったん収束したいくつかの筋が、もう1度広がっていくような終幕を描いてくれたなら、もっと一条マンガらしい結末になったことでしょう。
物語は、締めくくられても、それぞれのキャラクターたちには、それぞれの人生が続く、といった読後感がもっと色濃く欲しかった。
そうではあっても、12巻は長い物語の結末です。
『プライド』が力作であることも、変わりません。
12巻のカバー袖には、一条ゆかりさんの次のようなコメントが記されています。
お…終わった………/今までこんなに長く、こんなに調べて、こんなに初めての体験をして、こんなに大変だった連載はないです!〔後略〕
長編マンガ『プライド』は、集英社の月刊マンガ雑誌「コーラス」を掲載誌に、2003年2月号から発表が始められ、途中何回かの休載も挟みながら、2010年2月号に最終回が掲載。およそ7年間に渡る連載でした。
上に引いたコメントは、一条ゆかりさんご本人の率直な生の言葉として読めると思う。
『プライド』は力作マンガです。
終幕部分に、一条マンガらしからぬ面も観られるけれど。
だからと言って、長く複雑に綾なされた物語の、すべてご破算になるわけでもない。
11巻までを読んできた人は、是非、12巻も読むべきと思います。
そして、もし、不満を覚えたり疑問を抱いたりしても、そうした読者こそ、1巻から読み直してみるといいと思うな。それぞれの不満や疑問の形を見極めるために、読み直すといいでしょう。
アタシも、読み直します。
だって、力作だから。
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書誌情報:
一条ゆかり,『プライド』12(クイーンズコミックス コーラス),集英社,Tokyo,2010.
ISBN 978-4-08-865578-9
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