石田 衣良、著『うつくしい子ども』が再刊されてた

 石田衣良さんの『うつくしい子ども』が、去年(2006年)徳間文庫から刊行されてた。知らなかったな。ふと、紹介文を書こうと思い、周辺情報、調べて知りました。

 『うつくしい子ども』は、1997年に、実際に日本の社会に波紋を呼んだ、ある犯罪事件をイメージ・ソースにしたと思わせるフィクション。手元にある文春文庫版は、2001年刊。ハード・カバーの単行本は、文芸春秋より1999年刊行。

 物語は、3章仕立て。第1章で、女子児童の殺人事件が起きる。行方不明事件で、不安に包まれてた架空の学園都市が、遺体発見で動揺し、そして、犯人が逮捕される。

 主人公格のキャラクターは、逮捕される犯人の兄で。「なぜ、弟が“異常な”犯罪を犯したのか」せめて理解しようと、プライヴェートな調査をはじめる。

 ってわけで、『うつくしい子ども』は、一種の探偵モノだけど。謎解き主眼の物語ではないのだ。
 主人公格や、親しい友人の調査で、徐々に謎が解けてくような快感もあるけど。犯罪の事実関係は、第1章で、概略はわかっちゃう。

 で、動機やら、背後事情やらの、(物語内での)社会的解明も、2章以降で進められるけど。並行するように、「弟を理解したい」って私的調査も進む。もち、こっちが主眼。

 終盤に近づくにつれ、主人公と、主人公の調査に協力する友人たちが、半ば誘導された、半ば群集心理的なイヂメにさらされてくんだけど。
 組織的、計画的なもの、とは言い切れないイヂメが、はじまり、激しくなっていく。このイヂメの推移きを描いてる部分はスリリング。他にもいろいろ、読み応えのあるサブ・プロットは多いけど。ネタバレ避けて書くなら、この辺を読みどころとして推したいな。

 実際のイヂメでは、1対多、少数対多数で、暴力(言葉の暴力も含むよ)を振るう側が、ちょくちょく“当然の反応”してるだけ、ってつもりでいたりする。そのあたりまでよく描けてて。些細なことが積み重なって、“当然の反応”が自己正当化、増幅、イヂメと進んでく、基本パターンみたいなものまで窺える、気がする。

 物語を読んで、とっても理不尽なことだ、って感じる読者は多いと思う。

 ところで、『うつくしい子ども』は、「現実の犯罪をイメージ・ソースにした」作品とは思うけど、「モデルにした作品」とは、アタシは思わない。だってね、お話の中で描かれてる犯人の生活環境は、随分、報じられたあれこれから推測されるものとは違うんだもん。
 同じ実際の事件に取材した作品は、他にも公表されてて。「モデルにした作品」って言うのは、例えば、桜井亜美さんの『14 Fourteen』(1997年)みたいな作品でしょう。

 後数年すれば、最初の刊行から10年。物語に折りこまれてる細部には、もう、今の現実より“古く”なってるところもあることでしょう。

 でも、『うつくしい子ども』の物語のパワーは、まだまだ、現役と思う。細部が古くなっても、言葉で編み上げられた絵柄の全体像は古びてない、ってことはちょくちょくあるよね。好例。

 だいたい、実際のイヂメだって、減ってないと思うし。子どもたちの間のことだけでなくってね。

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『うつくしい子ども』書誌情報

Cover image

石田 衣良,『うつくしい子ども』(徳間文庫),徳間書店,Tokyo,2006.
ISBN 4-19-892389-2

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Cover image

石田 衣良,『うつくしい子ども』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2001.
ISBN 4-16-717405-7

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Cover image

石田 衣良,『うつくしい子ども』,文芸春秋,Tokyo,1999.
ISBN 4-16-318450-3


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