『仮面ライダーW』TVシリーズ終了:左翔太郎(ハーフボイルドなまま)の円熟(♪)
この8月でオンエアが終了した、変身ヒーローものの連続TVドラマ『仮面ライダーW』。
細かなところまで丁寧に作り込まれたウェルメイドな作品です。
1度より2度、2度より3度と、重ねて観るほど、楽しさが深まる作り。
DVDとかで通して観ても、繰り返し視聴したくなるような魅力を感じるはず。
アタシ的には、TVシリーズを観てた人にも再見をお勧めしたい。
丁寧な作りだから、再見しても楽しいです♪
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◎『仮面ライダーW』の物語
『仮面ライダーW』のTVシリーズは、昨年(2009年)9月にスタートして、2010年8月末に、全49話で終了。
架空の地方都市「風都」を舞台に、暗躍する変身怪人ドーパントと戦う仮面ライダーW。ライダーWは、鳴海探偵事務所のハーフボイルドでチャラ夫な私立探偵、左飛翔(演者=桐山漣さん)と、翔太郎のヒッキーな相棒、フィリップ(演者=菅田将暉さん)が、2人で1人に変身、風都の都市伝説になっていくのだった。
この辺の基本設定は、番組を観てた人なら、ご承知ですよね。
番組は、前後編で1エピソードが基本形。
軽快なアクション、センスのいいCG合成、軽妙なコント調とシリアス調の効果的な切り替え(取り合わせ)などが特徴的。
個々のエピソードも、それぞれに面白いのですが、さらに前後編エピソードの連なりを通して観ると、各エピソードの味わいが、より細かなとこまで楽しめる。
細かなところまで丁寧に作り込まれているので、物語の綾なしが楽しいです。
観返していくと、「あ、こんなセリフがあったんだ」とか、「あ、ここではこいつ、こんな表情してたんだ」とか、「あ、このカットでは背景にこんな奴も映ってたんだ」とか、ともかく色々な気づき(発見)が豊富で、2度3度と楽しい♪
そうした「作り」を、ここでは簡単に「物語の綾なし」と呼んでみてます。
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アタシの印象だと、主人公の仮面ライダーWに脇から絡む仮面ライダーアクセルが登場する前後からのドラマ展開がいいと思う。観応えが、急増してる。
ライダーアクセルの登場は、第19話-第20話の「Iが止まらない」。
あるいは、偽ライダー(アームズ・ドーパント)が現れ、“W10番めのフォーム”ファングジョーカーが戦いに加わる「Fの残光」(第15話-第16話)あたりからの展開も、密度が濃い。
そして、照井が家族の仇と狙うWのメモリーの男(演者=檀臣幸さん)が登場すると、さらに一段と、ドラマの綾なしが稠密になる。面白さ、多段階な展開が憎い♪アクセルとアクセルに変身する照井竜(演者=木ノ本嶺浩さん)、Wと、2人で1人でWに変身する左翔太郎、フィリップ、3人の差違描写をさり気に重ねてくドラマもいい。
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◎照井竜と仮面ライダーアクセルの物語
例えば「Iが止まらない」の前後編。
TVシリーズでは、第18話(「さらばNよ/友は風と共に」)のラストでチラッと初登場した照井竜が、はじめて仮面ライダーアクセルに変身するエピソードが「Iが止まらない」。
この前後編では、フィリップは復讐者でもある照井竜に強く反発。
照井が、翔太郎とフィリップのコンビのポリシーについて「甘い、甘ったるい」と、頭から否定してかかるからなんだけど。翔太郎の方は、照井竜の復讐心への批判を、あえて差し控えるようなやりとりが描かれる、そんな場面があります。
こことか、面白いんです♪
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左翔太郎は「復讐のV」の前後編(第11話-第12話)で、あて逃げ事故被害者の弟に「復讐なんて空しいだけだ」的なことを言ってる。そして同じエピソードでは、そんな翔太郎の言動にフィリップが疑問を投げかけるやりとりも観られた。
じゃぁ、「Iが止まらない」の方では、翔太郎が照井に「復讐なんて空しいだけだ」的なことを言わないのはなんでか。
アタシが思うには、照井の家族が殺された経緯を聞かされた翔太郎は、照井の怒りの心情、その復讐心の強い滾りを「否定することはできない」的に感じたと思うんですね。左翔太郎自身も、かつて、探偵業の師匠として敬愛した鳴海壮吉を、敵組織の手で殺害された。
それだけに「復讐なんて空しいだけだ」って考えも持ってるけれど、否定しようのない復讐心の滾りがあることも知ってる。だから、翔太郎は照井の復讐心には否定的なことを言うのは控えたんだ、と思える。
そんなふうに、キャラクター性を暗示的に描く描写が面白い。----
「Iが止まらない」の後篇「仮面ライダーの流儀」のラストで、ライダーアクセルこと照井竜は、翔太郎に「ハーフボイルド、……とか言うらしいな、君の流儀」って言う(笑)。「この街にいる内は、その流儀に併せる。俺も……仮面ライダーだからな」と、照井。左翔太郎が言う「仮面ライダーの流儀」は、「罪を憎んで人を憎まず」的なポリシーなんだけど、翔太郎は照井に「この風都の人々が仮面ライダーの望んでるのは、そういう心だ」って言う。
ここ、キャラクター表現の、ポイントだと思うのだわ。
左翔太郎にとっては、「心の在り様」の方が、「罪を憎んで人を憎まず」とかのマニュアルと言うか、教条と言うかよりも、重要なのね、きっと、と思える。これ、翔太郎ってキャラクターの、キャラ描写の重要ポイント。そして、翔太郎たちが苦労しながらやっていく「仮面ライダーの流儀」は、具体的には、変身怪人ドーパントから変身能力を奪っても、彼らを倒すことは目的にはしない、そんな方針。
ところで、「Iが止まらない/仮面ライダーの流儀」では「仮面ライダーの流儀」に併せてやる、的なニュアンスで語ってる照井竜。話が進んで「Dが見ていた」の前後編(第27話-第28話)のクライマックスでは、照井は、家族の仇、復讐の相手ウェザー・ドーパントとの戦いを差し置いて、インビジブルメモリ無効化を優先するようになる。
このシークエンスで、アクセルが言うセリフが、またいい♪
「俺も、仮面ライダーの端くれだからな」
このほんの一言のセリフのよさは、第20話時点での「この街にいる間は」って前提と、「流儀に併せてやる」的な不本意さとを、振り切ろうとしてる一言に聴こえるとこ。
(実際に振り切る様子が描かれるのは、第36話「Rの彼方に/全てを振り切れ」だろうと思えます)
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◎ハーフボイルドな左翔太郎
照井竜=仮面ライダーアクセルのプロット(筋)は、追い易いので、試みに素描をしました。
(例えば、第21話-第22話の「還ってきたT」も「照井竜の物語」では重要なんですけど。ここでは置いておきます)
左翔太郎のプロットも、フィリップのプロットも、それぞれの綾なしが、他の筋との絡み合いで魅力的な表現をなしてます。主人公である、翔太郎、フィリップの物語の綾なしは、照井竜のそれよりもさらに複雑なので、簡単には魅力を言い表しづらいのですが。
第49話(最終話)「Eにさよなら/この街に正義の花束を」だと、左翔太郎は、再起動してガイアインパクトを起こそうとする園崎若菜(演者=飛鳥凛さん)と、彼女を止めようとするアクセルの間に立ちます。
ここ、左翔太郎のキャラクター性が、照井竜=アクセルとの対照で、くっきり印象づけられる場面になってる。
「ガイアインパクト」とは、広範囲に適性の高い人間をドーパント化し、ドーパントになる者とそうでないものを選別しようって、誇大妄想気味の陰謀です。
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若菜は、錯乱気味に「この汚れた街を浄化する!!」と、言い放つ。
「待てッ! 園崎若菜!」
「お断りよ!!
私は再起動し、この汚れた街を浄化する!!」
「この街は汚れてなどいないッ!
そう思うのは、お前の心が歪んでいるからだ!!
風都を危機に晒す者はこの俺が許さん!」
“アクセル”
「へんッしんッ!」
“アクセル”
「待ってくれ!」
「どけ! 左!! 力ずくでも彼女を止めなければ!!」
「頼む、待ってくれ照井。今彼女を傷つけたら、フィリップは何のために命を投げ出したんだ!?」ここ、最終話にふんだんに収められてる観どころの1つ。
飛鳥凛さん(園崎若菜)の熱演が目立つ場面ですが。
木ノ本嶺浩さん(照井竜)、桐山漣さん(左翔太郎)の演技もそれぞれにいい♪特に、照井の酷いセリフ「そう思うのは、お前の心が歪んでいるからだ!!」の重みがいい。
「Iが止まらない」では、照井自身が「この街は腐っている」と、翔太郎たちに語ってたからです。
けれど、そんな照井が変身したアクセルの前に、思わずといった感じで立ちはだかってしまう翔太郎が、さらにいい♪キャラクターの差違が、くっきりした対照感で描かれてて、いいと思う♪
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最終話のBパートでは、鳴海亜樹子(演者=山本ひかりさん)が「翔太郎くんは、完成したハーフボイルドだからねっ♪」って言うんですね(笑)。
そこのやりとりでは翔太郎「そんな完成したかねー!!」とか言ってますけど(笑)。
左翔太郎は、チャラ夫なハーフボイルドとして第1話で登場して、最終話でもハーフボイルドなまま、円熟してきてる♪
チャラ夫性格だって直ってないよ。最後にWのエンブレムなでるとこ観ればわかる(笑)。実は、そ・こ・が、Wの物語を綾なす「翔太郎の物語」のいいとこなのだわ。
つまりですね、最終話で若菜をどうにかしようとするAパートのシーンでは、照井竜は「あの頃の俺はどうかしてた」的に思ってるはずなんですね。
「あの頃の俺は、復讐心に囚われて心が歪んでいた」みたいに思ってるはず。
だから、「この街は汚れてなどいないッ! そう思うのは、お前の心が歪んでいるからだ!!」と言えるようになった。
これは、「照井の成長」と言って構わない。
こういうことが読み取れるのも、シリーズを通して観た時に、くっきりわかる物語の綾なしですが。でも、一方の翔太郎の方は、と言うと、照井みたいな“成長”はしてない(笑)。
ハーフボイルドなまま、円熟してる(♪)とでも言うしかないのですが。
そ・こ・が、いい。
「完成したハーフボイルド」とかね。それが証拠に、最終話でも、園崎若菜を倒してでもガイアインパクトを止めようとするアクセルを制止。翔太郎が計算や意図を持ってたわけではないけれど、結局このハーフボイルドな振る舞いが、巡り巡って、あのっ、衝撃の展開にッ!!
お話がどう展開するかは、第49話「Eにさよなら/この街に正義の花束を」を観てのお楽しみ(♪)だけど。
アタシが思うには、「完成したハーフボイルド」は、多分、「ハードボイルド(固ゆで)」から連想されるような「こわもて」ではない、って打ち消しだと思うな。もちろん、翔太郎が「ハーフボイルド」と言われてるのは、とりあえず「半熟」って含意。左翔太郎が、「ハードボイルド気取っても、なりきれない様子」を言ってるんだと思える。
同時に「半熟(ハーフボイルド)」から連想される、「未熟」を打ち消す表現が「完成したハーフボイルド」なんじゃぁないかしら。どうでしょう??『仮面ライダーW』を観てきた方には、それぞれ感じるところがあるはずですが。アタシとしてはそんなふうに思います。
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第49話は、全シリーズのエピローグのようなエピソードですので。
この回だけ観ても、楽しさは半減するはずです。
せめて、2つ前のエピソード「Kが求めたもの」(第45話-第46話)から観はじめて、「残されたU」(第47話-第48話)も通して観てくることをお勧めします☆面白いですから♪
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◎フィリップを巡る物語
さて、照井竜=アクセルのプロット(筋)、左翔太郎のプロット(筋)は、強引に、魅力のポイントだけ触れてみましたが。
主人公サイドのもう1人のキャラクター、フィリップ。こいつのプロットは、さらに色んな筋との綾なしが豊富。
「フィリップの物語」の魅力の要点を言い当てるのは、「左翔太郎の物語」の魅力を、ポイントだけ言ってみるのよりもさらに大変で、困ってしまう。
フィリップは、もちろん左翔太郎の相棒で、2人で1人の変身をするわけですけれど。
それ以上に、キャラクターの表現としては、「記憶に大きな欠落を持っていること」、「人と触れ合った経験がおそろしく乏しいらしいこと」、「好奇心が異様に強いこと」などが特徴的。
後、「ほしの本棚」にアクセスできる能力を持ってるのも、変身ヒーローものの主役的キャラとしてのフィリップの特性ですね。
(「ほしの本棚」というのは、「地球の記憶」が集積されている、巨大な情報アーガイブのようなイメージ)
これらの特性がユニークに統合されてるのが、フィリップのキャラクター性。
キャラクター性統合の要としては、「最も大きな記憶欠落が、家族を巡る一連の記憶である」こと、「『ほしの本棚』では、人の心は検索できない」こと、「左翔太郎の死んだ師匠(故・鳴海壮吉)に、翔太郎とはまた違ったニュアンスで、感謝や尊敬の念を抱いている」こと、などが挙げられます。
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例えば、シリーズの序盤から中盤にかけて、死んだ師匠の受け売りで説教めいたことを言う翔太郎に、フィリップが反発するやりとりが、印象的。
これらは、もちろん、翔太郎のハードボイルド気取りに対する反発で、「完成」に至る前のハーフボイルドの弱点をうまく描いてると思う。
同時に、だいじな記憶が欠落していることで、フィリップの意識が不安定な感じも、よく描けてると思います。フィリップは、最初の前後編(第1話-第2話)「Wの検索」では、翔太郎を怒らせて、かっとした翔太郎に殴られても、なんで殴られたのかがわからない、とか真顔で訊ねるような奴として登場しましたけど。
園崎若菜に抱く、恋心のような感情を自覚する頃から、急速に、人がましくなっていく(第13話-第14話「レディオでQ」)。この辺が、「フィリップの物語」で表現されるキャラクター性(フィリップの)の観どころだと思います。
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「フィリップを巡る物語」から生まれる魅力は、簡単には要点を言い難いのですが。
1つ言えるのは、Wのドラマでは、寺田農さん演じる園咲琉兵衛ら、園崎家のドラマが一方にあって、そちらとの複雑な綾なしで、「フィリップの物語」の魅力が引き出され、引き立てられてるってこと。これは言えるはず。園崎家のドラマでは、飛鳥凛さん演じる園崎若菜も、生井亜実さん演じる園崎冴子も、寺田さんの演技に引き上げられるようにしてテンション上げてきたとしか思えないな、アタシには。
で、「フィリップの物語」は、園崎家の物語との綾なしと、「左翔太郎の物語」や、鳴海探偵事務所の物語の綾なしとで、魅力的な物語になってる。
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◎『仮面ライダーW』の物語の多彩の綾なし
もちろん、「仮面ライダーW」の物語の最も太い筋は、ライダーW、ライダーアクセルと、ミュージアム組織の戦いなんですけど。
この大筋、細かく観ていくと、「父親が不在の擬似家族=鳴海探偵事務所」の物語と、「母親が不在の園崎家」の物語との、対照や絡み合いが主成分になってる。
もっと言えば、「謎の女シュラウドの物語」とか、「かつて、人知れず、独りで組織と戦っていた仮面ライダースカルの物語」とかもあって。これらの物語はドラマでは直接的に描かれることはマレなんですけど。回想とか言及とかで、暗示的には描かれてる。
「鳴海探偵事務所の物語」「園崎家の物語」に「不在の父母の(暗示的な)物語」が、三つ編みだか四つ網だかな感じで、綾なしてるのが、実は、「仮面ライダーたちと、ミュージアム組織の戦いの物語」の実相になってます。
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と、ゆーわけで、ウェルメイドな『仮面ライダーW』、細かなところまで丁寧に作り込まれた、物語の綾なしが多彩で面白いです。
2度、3度と観返すと、さらに面白さが増すはず。
それくらい丁寧な作りなので、DVDとかでの視聴もお勧めです☆
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