『フェイト/ゼロ 2 王たちの狂宴』虚淵玄(ニトロプラス)

■本日の読書:『フェイト/ゼロ 2 王たちの狂宴虚淵玄(ニトロプラス)

 第四次聖杯戦争に参加している魔術師や英霊たちはおしなべて“弱い”。

 これは、性能やヒットポイント、戦闘力の話ではない。そっちの面では、彼等はいずれもボスキャラ級である。
 ここでいう“弱さ”とは、人間としてのいびつさであり、欠損している部分の話だ。

 第四次聖杯戦争において彼等が敗北するのは、その戦闘力が劣っているせいではなく。
 人間として弱い部分。己の心にある闇。それが致命傷となるのではないだろうか。

 フェイト本編の情報などから私は最初、第四次聖杯戦争は『魔術師殺し』に特化した衛宮切嗣が銃や爆発物といった近代兵器、合理化された戦術を利用して次々と敵を屠っていく話ではないかと考えていた。

 しかし、科学も技術もまるで知らないロード=エルメロイですら近代兵器と戦術が仕留めきれなかった箇所を読むにいたり、それはもうないものと考えている。

 魔術でも火力でもなく。人を超えた英霊や人智を超えた魔術師が持つ、どうしようもない“弱さ”こそが、彼らを殺すのだと。

 どこかが“弱い”英霊たちの中で人格面に隙がないのはふたり。
 英雄王アーチャーと、征服王ライダーである。
 2巻の副題である『王たちの狂宴』のACT8を読みつつ、私はそのように思った。

 英雄王アーチャーは他者を必要としない点でつけいる隙がない。
 「我(オレ)は英雄王だ」という論法ひとつで、たかが古代メソポタミア地方の領主が世界のあらゆる財が我がモノであると言い切れる問答無用の“強さ”を持つ。
 英雄王は自分の論法が他者から見てただのわがままであるとわかり、知った上で、それを選んでいる。だから英雄王に論戦を挑んでも勝負にならない。このあたり、単に己の妄執にとらわれているだけのキャスターとは一線を画している。
 ……まあ、他者の意見を聞かない我が道をばく進する性格ゆえに、フェイト本編ではいつもうかつに敗北してしまうのだが。

 対する征服王ライダーは英霊の中で子供のようにはしゃぎまわり、やることなすこと破天荒ではあるが。
 おそらく、7人の中でもっとも成熟した人格の持ち主である。
 彼にとって聖杯戦争は無駄である。
 これだけの英霊がいて、なんでわざわざちっぽけな、歴史の闇に消えるだけの争いをしなければならないのか。力の無駄遣いであり、あまりにもったいない。
 神話ではなく、歴史においてひとりの人間として生き、世界の果てを夢見た男ならではの視点であろう。

 このふたりの王にとって、騎士王セイバーは王としてあまりに“弱い”。
 己の業績を“なかったこと”にしたいと願う後ろ向きの“弱さ”は見ていて痛々しいほどである。征服王がなんとかしてやりたいと思い、英雄王が嗜虐心をたぎらせるのも故なきことではない。
 が、残念なことにセイバーの弱さを指摘してやり、克服してやれるのは本編での士郎の仕事である。第四次聖杯戦争で征服王の言葉にセイバーがうなずくことはないのだ。

 魔術師の側も、その“弱さ”が次々と露呈している。
 挫折を知らない天才であるが故に己を律する能力を欠如したロード=エルメロイや、己に淫するだけの快楽殺人者、雨生龍之介などはまだ良い方である。
 自分のやっている方法ではもはや、絶望をばらまくしかない事に気づけない間桐雁夜。
 冷静で冷徹、徹底した現実主義者という一見して強固そうな仮面の下に、大学紛争をやった学生すら及びもつかない夢想家という素顔を持つ衛宮切嗣。
 このあたりになると、いつ自滅してもおかしくはないほどだ。

 逆に、明らかに“弱い”が、その“弱さ”が単に未熟なだけという我らがウェイバー君はどうだろうか。
 私は、彼だけにはその“弱さ”を克服する道が残されているのではないかと期待している。克服するだけではなく、それを他者をも支える強さに変えていけるのではないかと。

 なんとなれば、征服王ライダーが見せた最強宝具、『王の軍勢』(アイオニオン・ヘタイロイ)で参集した征服王由来の英霊軍団の中に。

 ウェイバーの姿もまた、あったのではないかと思うからだ。

この記事へのトラックバックURL:

http://drupal.cre.jp/trackback/387


この記事をブックマーク

人気コンテンツ