エピソード・メモ:悠希と吉住、そして皐
エピソード・メモ:
悠希と吉住、そして皐
鍼原神無〔はりはら・かんな〕
*悠希のお話、エスキス(下書)。
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概要:
暴走族“愚礼怒”の2代目特攻隊長だった悠希は、性別適合手術を済ませて間もないTS(Trans Sexual)。
戸籍改訂のため、古巣の町に戻ってきた悠希は、しばらくポン友、吉住(ヨっちゃん、ヨシ)の家に、身を寄せることになった。
OGを中心に、レディースで悠希の快気祝いが企画されるが。レディース初代ヘッドの皐が首を縦に振らない。
だから、と言うわけでもないが、悠希と吉住は皐に挨拶をしに行く。
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「ったく、お前らの代は、なんなんだよ」ことさら大きくはないが、よく通る声だった。
昼時が過ぎたばかりの喫茶店。声の主は、奥のテーブルに着いていた。顎の線がシャープな女だ。
カウンターとの間を区切る格子を背に、座っていた。
肩より少し長いロングヘアーに、ゆるいウェーブがかかっている。いかにもOLらしい制服に、カーディガンを羽織っていた。
時間差で昼をとりに来ていた若いOLたちが、窓際から様子を窺っていた。奥の女に、きつい目線を返されると、そそくさと自分たちの会話に戻る。
引退しても、暴走族“愚礼怒”レディース、初代ヘッドの眼力は健在だ。
元レディース・ヘッドは、舌打ちしながら、メンソールの煙草を叩き出した。
「知ってんだろ。あたしゃ、ヘンタイは嫌いなんだ」言いながら同じテーブルに着いていた相手を見据える。
「はい。すみません」派手な色のスーツを着た悠希は、静かに視線を受け止めていた。
昼間のメイクだが、ポイントは押さえて、目鼻立ちをきっちりさせていた。紅い唇が、スーツの色に負けていない。
隣に並んで座っている、ジャンバー姿の若い男、吉住は落ち着かない様子だ。
2人は、地元の暴走族“愚礼怒”の2代め幹部だった。吉住はサブ・ヘッドだったことが、悠希は特攻隊長だったことがある。OLの後輩にあたった。
「まぁ。そらもう言わね。切っちまったちんぽは、もどんねーもんな」
「皐さん、もうちょっと小さな……」皐に睨まれ、口を噤んだ。
「ユウキ、1つ聞かせろや。お前、手術代、どうやって工面した? 安かねんだろ」紫煙を吹き出しながら、後輩の元特攻隊長をねめつける。
「わたしの、男が、用立ててくれました」一拍置いて、悠希が語った途端、隣で椅子を引きずる音がした。
「ごめんね、ヨッちゃん、びっくりしたろ。聞かれもしないのに、話すことじゃないと思って」
軽く頭を下げた悠木に、吉住は“うん”と、1度顎を引いた。のけぞった姿勢を直しながら、元レディース・ヘッドの様子を窺う。
「お前、女の戸籍、手に入れるんで、戻って来るつったよな」
「はい。堅気の女で出直します。上野の店は、勤め、辞めさせてもらうつもりでいます」
高校を中退した後、上野に出た悠希は、しばらくしてゲイ・ボーイをはじめていた。それからは年に1度くらいしか、地元の街に戻って来ないでいた。
SRS(性別適合手術)をして、戸籍の変更をするために、地元に戻ってくることにしたので、先輩である皐に挨拶に来たのだった。
「まぁ、それもいいや。
んな大事な時に、お前の男とか言うヘンタイ野郎は、どこで何してんだ?」
悠希は、一度目をつぶり、息を吸った。
「死にました」見つめている皐に向けて、言葉を継ぐ。
「長い話は、嫌いですよね。わたしも、好きじゃないです。手術の代金は、あの人がわたしの名義で貯金をしてくれていて……」
「ダァーッ。……もういい」煙草を灰皿に押し付けると、ぐしゃぐしゃっと、髪を掻き乱す。
「聞いたあたしが、悪かった。
ヨシ、レディースの連中にゃ、快気祝いでも、歓迎会でも、好きにしろつっとくよ」
「ありがとうございます」
悠希が、何の事? と、問いかける表情を作って見せたのに、吉住は何か口ごもる。
「ズーレーのジュンが、ユミの奴を動かしたんだよ。ヘンタイはヘンタイ同士助け合いってか。ま、そりゃ、悪いこっちゃねーよな」
レディース初代のサブ・ヘッドを、レズビアンのOG、淳が説得した、と言う話は、悠希には初耳だった。
「済みません」と皐に謝る。
「茂さんのとこにも、ご挨拶と思ったんです。由美さん、わたしには、長距離の仕事に出てるから、次にしようって言ってくれて……」
この街に戻ってくると、暴走族の初代総長の所にも、挨拶に行こうとした。連絡を入れたら、妻に、仕事で不在だから次の機会で構わないと言われた、と言っていた。
「気にしてねぇよ。ユウキは歓迎会だか何だかの話は、知らずに、挨拶に来てくれた。
ヨシは、知ってて、あたしの腹、探りに来た、んなとこだな」と皐。
あ、いや、そんなふうに言われちゃぁ、と吉住が何か言おうとする。
「ご挨拶は、速い方がいいと思って」悠希も、侘び言を重ねようとした。皐は、もういいつってんだろ、と打ち切るように言う。
「歓迎会でも、なんでも、好きにしろ、つった」と席を立つ。
「ったく、OLの貴重な昼、潰されたのは、かなわなかったぜ」
もう1度、頭を下げる2人に目もくれず、初代ヘッドは、とっとと席を離れていった。
少し後、駅のそばにある駐車場まで戻った2人は、脇に吉住酒店と記されたワゴン車に乗り込んでいた。
運転席でハンドルを握った悠希は、スーツの上着を脱いで、コンビニのロゴが入ったジャンバーに袖を通していた。
「悪ぃ。ジュンと由美さんに口止めされててさ」
助手席で、吉住が、ハンドルを回す悠希に片手を立ててみせている。
「口止めされたんじゃぁ、文句言うわけにもいかないか」
ロー・ファーに履き替えた脚で、アクセルを踏みながら、悠希がぼやいてみせる。
挨拶行くって言ったら、オレも行く、一緒に行く、って言うから、変だなーとは、思ってたのよ、と、流し目気味に睨んでみせる。悪ぃ、と、重ねて謝る吉住に、ま、しょうがないよね、と舌を出してみせた。
吉住の家は、数年前、以前から営んでいた酒店をたたんでいた。以来、コンビニエンス・ストアーをやっていて、吉住は副店長ということになっている。ただ、吉住の母が、どうしても、と言うので、吉住酒店はペーパー・カンパニーとして残されていた。
コンビニの系列を通じて卸される酒類を、書類上で酒店に転売したことにして、古くから付き合いのある飲食店などに限って、昔からのやり方で配達していた。
OLをやってる皐が、手短にするなら昼時に会ってやる、と言ってくれたので、配達時間の都合をつけて行こう、という話になった。それなら、久しぶりに運転をしたいと、悠希が駄々をこねて見せたのだった。
吉住は、口では、しょうがねぇな、と言って、ハンドルを委ねてくれた。ま、お互い様かな、と、悠希は考えていた。
配達を済ませた2人が、コンビニエンス・ストアーになっている旧吉住酒店に戻ったのは、15時過ぎだった。
悠希は、吉住が普段、納戸のように使っている部屋を、仮宿に使わせてもらっていた。コンビニ転進する時に改築された、賃貸ワン・ルームの1室だ。
旅行用のスーツ・ケースから、明るい色のスェット・スーツを出すと、手早く着替える。
「こんにちは」
吉住家の住居になっている5階に出向いた悠希は、ドアを開けてくれた吉住に続いて、DKに顔を出した。
眼鏡の女が、伝票を広げたテーブルから顔を上げる。
「ああ、秀都留くん。ご苦労様」素っ気無い口調で、配達を労っていた。
吉住の姉の葉子だ。コンビニ店長と、吉住酒店の専務を兼ねている。
「いえ。無理言って運転をさせてもらっただけです」暴走族時代から出入りしていた吉住家で、悠希はこの眼鏡の姉を、苦手にしていた。いかにも優等生風に思えたし、以前は、わだかまる気持ちも抱えていた。
「一服したら、また、手伝っとくれ」吉住の母が、脇から話しかけてくる。
「おばさんがよければ、わたし平気ですよ」時計をちらっと見て、応える悠希。
「お袋……。付き合うことねーぞ、ユウキ」と、姉の脇に座りながら吉住。
吉住の母は、悠希に料理や家事のあれこれを教えるのが、楽しいらしかった。笑いながら、仕込んでやる、と言っていた。悠希も、いろいろ小言を言われながら、仕込まれるのを楽しんでいた。
それで、つい、今すぐ夕食の準備を始めてもいい、と言ったのだが、吉住が気に食わない様子でいることも、気づいていた。
「いいじゃないの。万理さんもお店で忙しいんだし。助かるわ、秀都留くん」
「ねぇちゃんも。ユウキは俺の客だよ」
「誰も、無理に頼んでるわけじゃないでしょ。それより、ほら、次の伝票」と、コーヒー・カップを置いて、ノート・パソコンのスリープを解除する。
「そうだよ、わたしも教えてもらって助かってるんだから」と、吉住に声をかけた悠希は、いいからいいから、と押されるように、キッチンに連れていかれた。
姉と2人で、早めの夕食を採った吉住は、万理と交代して店に出た。夕方の繁忙時を捌いた後、20時過ぎに、姉と交代した。
今は、少し歩いたところの焼き鳥屋にしけ込んでる。姉には、小腹が空いた、と言って出てきた。
店は、そこそこの入りだ。カウンターの隅で、とりあえず、ビール1本と、焼き鳥を適当に頼む。
マリとユウキの2人が、お袋の晩酌に付き合ってる様子が目に浮かぶようだった。何が気に入らないのか、自分でも腑に落ちずにいる。
1杯目を空けたところで、万理からの携帯が入った。
「お前、付き合わなくても、いいんだよ」皐は、店に案内した万理が、居座るので、珍しく柔らかい口調で、話しかけていた。
「だいじょぶです。義母さんたちにも、ウチのお父さん、イジケてるから、慰めてきます、って言ってきたんです」
イジケてんなかねぇよ、と言う吉住に、万理は、だったら、もっとデーンとしててちょうだいね、と、ビールを注ぐ。
「しょうがねぇよな。ヨシんとこは、おっかさん、おっかないし、姉ちゃんも、やり手だしな」と、皐がニヤニヤしてる。皐さんまで、とぼやく吉住。
「ユウキのことで、押しかけた」と、皐が切り出す。
一旦、自宅に帰ってから、出てきたと言う。皐にしては珍しい行動だ。吉住は、何の話か、と緊張している。
「お前、わかってんだろうな。あいつ、女の顔してたぞ」吉住は、肩透かしをくらった気分で、妙な表情になっていた。
「はぁ……。女顔は昔っからじゃないスカ。前は、言うと、すっげー、怒ったもんすけどね」と、首を捻る。
皐は、ため息をつきながら、万理の顔を見る。
「悠希さんは、……気を使ってくれてるんですよね」と、トマト・ジュースを飲みながら、万理。考えながら、言葉を続ける。
「たぶんあれって……、お水の気配りだと思うんです。わたしと葉子義姉さんの細かな揉め事とか、見えてないようなふりで、フォローしてくれたり」
水商売で習い性になった気配りが、自然に出ているんだろう、と言っているようだった。
「久しぶりの長い休みだってんだから、のんびりしてりゃいんだよな」
皐は、1人でうなづいてる吉住を放っておいて、万理を促した。万理は、怒んないでよね、と吉住に一言、言ってから続ける。
「で、気配りのこと別にすると……。なんか可愛いんですよ。なんでも、『え? そうなの』とか言って、びっくりしたり。でも、凄く嬉しそうなんですよね」
なんだよ、それ? と言う吉住。皐も表情で尋ねているので、万理も困った様子だ。
「それが……、みんな言うほどのことじゃ、ないんですけど。下着の干し方とか、余り物の料理とか、……後、男の服や、お財布のチェックの入れ方とか」と、舌を出す。
皐は、ふーん、とグラスを空ける。何の話かわかんねぇ、と吉住は思っていた。
「まーな、シャレや冗談でちんぽ切る野郎は、いねーよな。そりゃ、わかんだけどな」と髪をかき乱している。
「ヨシ、お前が器用な奴でないこた、知ってる。お前の取り柄は、ドジでもダチを見捨てねぇとこだ」
「ドジはないっしょ」
「いいから聞けって。お前は悠希のダチだよな」狐につままれたような表情で、うなづく吉住。
「何があっても、ダチでいてやれよ。ただな、お前のダチは、男じゃねぇぞ。
なぁ、マリ、この若旦那は、女とうまくダチ付き合い、やってけるタマか?」
「相手の人によりますよね」と万理。何言ってんだよ、と言う吉住に構わず、万理は、淳さんとか、とレズビアンのOGの名を挙げた。
「そりゃ、あっちが、野郎相手にマジになんねぇだけだろがよ」
「皐さん……。ウチのお父さんは、こう見えて、だいじょぶですよ」へー、と意外そうな皐。
「吉住酒店は、義母さんがヘッドで、義姉さんが、サブですから」
「ちがいねぇ」と、苦笑した。んじゃ、お前もユウキの方が気になるんだな、と言う皐に、頷く万理。ちらっと、吉住を見てから口を開く。
「可愛いのはいいけど。年の割りに、ショージョ趣味って、やっぱね……」と言葉を濁す。
声を小さくして、悠希さん綺麗なペンダントいつもしてるんですよ。それで……と、さらに声を小さくして、皐に何かを伝えている。
吉住は、皐と万理がぼつぼつ話を続けてる様子を見ながら、手酌で飲んでいた。
「あっ……」と、唐突な声を出した吉住は、万理と皐に見つめられ、いや、なんでもね、なんでもないっす、と取り繕った。
吉住は、万理と結婚してしばらく後、嫁、姑、小姑の小競り合いが落ち着いた頃のことを思い出したのだった。
揉め事がなくなったわけではない。それでも、何か、領分のようなものが落ち着いた様子で、ハラハラすることはなくなった。ただ、その後、家の中で、妙に自分の居場所が狭くなったように感じた時期があったことを、思い出した。
知らない内に慣れちまったけど、あの頃も、お袋と姉ちゃんとマリ、女だけで通じてる話が増えたっけ。
女友達とうまくやってけるタマか?
お前のダチは、男じゃねぇ。
ウチのお父さんがイジケてるから。
「ユウキよ、そりゃ、ねーべよ」脱力したようになって、思わず、ぼやきをつぶやいてしまった吉住。また、怪訝な顔の2人に注視された。
「いや、なんでもねっす」
シャレや冗談でちんぽ切る野郎は、いねーよな、か、そりゃそうだよな。
お前は悠希のダチだよな、か……。
その晩、吉住は、女2人の会話を耳にしながら、無言でビールを飲んでいった。
<未了 改訂していく予定>
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