エピソード・メモ:悠希の快気祝い
エピソード・メモ:
悠希の快気祝い-改訂版
鍼原神無〔はりはら・かんな〕
*悠希と愚礼怒のお話、エスキス(下書)。
----
概要:
暴走族“愚礼怒”の、2代目特攻隊長だった悠希は、男から女へ、性別適合手術を済ませて間もないTS(Trans Sexual)。
古巣の町に戻ってきた悠希は、戸籍改訂のため、しばらくポン友、吉住(ヨっちゃん、ヨシ)の家に、身を寄せることに。
愚礼怒、初代総長の妻になっている、レディース初代サブ(由美)が、悠希のために、レディースで快気祝いを企画した。
(下書きは、次段から)
====
表通りから別れて、少しだけ幅が狭くなっている、夜の通り。細身のコートを着た女が、小さな寿司屋の引き戸を引いた。暖簾がしまわれ、「本日貸切」の札が出されていた。
「あ、皐さん」
カウンターの内側で、何かの用意をしていた、若い和服の女が出てくる。
「いいよ、仕事、続けとくれ」“愚礼怒”レディースの初代ヘッドは、コートを脱ぎながら、店の若女将に言った。レディース3代めのヘッドだった由紀だ。小さく会釈すると、カウンターの内に戻っていく。
間口の狭い階段の上から、華やいだざわめきが伝わってきていた。
「皐さん」
急な階段を上がって来た初代ヘッドの姿に、2階座敷の下座の方で、若い少女たちが腰を上げる。
口々に「うす」と挨拶する少女たちは、金髪や、紅い髪、リーゼントや、ベリー・ショート、モヒカン、奇抜な髪型が目立つ。眉を剃ったり、抜いたりしている顔もある。
「遅れてきたのは、あたしの都合だ。座って続けてな」皐が通る声を出した。
「悠希も。てめぇは、主賓だろ。お行儀よく座ってろ」2間ある座敷を仕切る襖が外された奥、上座で立った悠希にも、声を飛ばす。
若い女ばかりが、20人ほど。2間ある座敷の襖が外され、ぶち抜きで使われていた。
「そうだよ。座ってなって」自分が立って、悠希の肩を押さえたのは、ふっくら太目の由美。今日の集まりを呼びかけ、仕切ってる、レディースOGだ。初代のサブ・ヘッドで、今は初代総長の妻。
座敷脇に設けられた細い廊下を通って、奥に進んだ皐を、由美は悠希の隣に落ち着かせた。自分は、皐と悠希の後ろで、壁に寄りかかるようにして座る。一番の上座に、悠希と皐が並ぶ形になった。
悠希は、会が始まる前から続けている微笑を、崩さないでいる。客商売のプロらしい呼吸で、お絞りで手を拭いた皐に、ビール瓶を差し出す。皐がまた、叱りつけるように何かを言って、ビール瓶を取り上げた。悠希は、グラスを差し出し、注いでもらっている。
暴走族“愚礼怒”レディースのメンバーが、初代から、4代めの現役まで、手術を済ませた悠希の快気祝い、との名目で集っていた。
本当は、悠希がSRS(性別適合手術)を済ませて、少し日がたっていた。いわゆる性転換をした、という悠希への好奇の視線もあったが、それも皐が来てからは目立たなくなった。
上座には年かさのOGたち。下座に行くほど若い。
いかにも突っ張り風の奇抜な風体は、下座の現役少女たち6、7人ほどだ。
ぱっと見は、何か、体育会サークルのOG会と言った風にも見える。暴走族の定番、特攻服の類は見えない。OGの店に気を使ってのことだ。それでも、華やいだざわめきの内に、独特の雰囲気が漂っていた。
皐が最初の1杯を空けた頃、若女将の由紀が、おひつを持って上がって来た。
由美が立って手を鳴らし、座のざわつきを静める。
「サツキも来たから、もう1度乾杯するよっ」と、由美。
上座の脇では、由紀が、盛り付けた茶碗を皐に手渡している。皐は、あきれ顔で、由紀と由美に目をやり、ほれ、と、悠希の前に赤飯の椀を置いてやった。
「由美さんに言われて、用意させてもらいました」と、廊下から、由紀が悠希に声を掛けた。
「由美さん、……これ」と、背後を見上げる悠希。
「今日のメインだ。みんなに渡ったら、乾杯だよ」知らん顔で仕切ってる由美。
「ありがとうございます」椀を両掌でいただいた悠希が、うつむいた。
「ダーッ!」奇声をあげた皐が、いきなり悠希の茶髪頭を叩く。
「赤飯くらいで。元特攻隊長のOGがメソメソすんじゃねぇっ。後輩、現役の前だっつぅのっ」
悠希が、顔を上げた。自分の耳を疑っているような表情を見せていた。
「あー、乾杯の前に言っちゃったよ。しょーがねーな」不平を言いながら、座を見回す由美。
「よっしゃ、みんな、グラス持ちな。
聞いとくれ。サツキと話して、2代め、3代めの幹部とも相談したんだ。
悠希は、今日から“愚礼怒”レディースの名誉OGだ。現役も、そのつもりでな」
座の内で、数人の元幹部たちが、うなづいていた。
由美の音頭に併せた乾杯の声の内、グラスを空けた悠希は、背後に顔を背けるようにすると、化粧直し用のシートで、目頭を押さえた。たく、みっともねぇな、と、ぶつくさ言う皐に、由美が、今日は勘弁しとくれよ、と、耳打ちする。
「でも。悠希さん、生理ないんすよね。うらやましいな」声でわかる。お調子者で有名な3代めのメンバーだ。
すかず、皐が、袋のままのお絞りを放りつける。
「サチ、てめえの口は、相変わらず緩いな」小柄なOGが、首をすくめた。
「ユキの姉さんの手術ん時、おめぇも、カンパしただろが」皐は、脇に控えている由紀に、目線で謝ってみせた。
由紀の方は、客商売に慣れたようすで、小さく首を横に振る。彼女の姉が、数年前、子宮摘出の手術を受けた事を思い出し、一同が静まる。
「皐さんは、私の事でなくて、悠希さんの事、言ってるんだよ」由紀が、唇を噛んでいるサチに、静かに言葉をかけた。
「それにさ、悠希もメンスはあんだよね」2代めのレディース特攻隊長だった淳が、軽い感じの口調で言う。え? という顔、へー?? という顔が、ショート・ボブの淳と悠希の顔を見比べる。
悠希は、微笑を浮かべたまま、黙って視線を受け止めていた。
「手術でタマ抜いたんだから、卵巣取った女と、一緒。毎日、ホルモン剤、呑んでるはずだよ。だから、生理は無いけどメンスはある。軽い奴くらい、とは思うけどね」へー、そーなんだー、と、場の空気が緩んだ。
「それに、ホルモン飲むようになって3、4年めっしょ」軽口、言ってみせながら、指折り数えてる。
「今日もさ、それで、涙もろいんじゃないすか」と、悠希にウィンクしてみせる。
「さすがに、ヘンタイの事は詳しいな」と、苦虫、噛み潰したような皐。由美に膝で小突かれて、ますます顔をしかめた。
「ズーレーですから」ニヤニヤ笑いながら、淳が応じる。今日は、しょーがねーな、と、皐は、真顔でボヤきながら、はす向かいの淳にビール瓶を差し出す。
数時間後、女たちが次々に、ざわつきながら階段を降りてきた。現役の少女たちから靴を履き、貸切になった店内の、壁際に控えていく。
悠希がヒールを履いてると、最後に降りてきた皐が、階段を居りきらずに、立ち止まり、通る声を出した。
「締めに聞いてくれ」
女たちが一斉に顔を向ける。
「今日から、悠希は名誉OGだ。ただ、こいつは“愚礼怒”の内々の事だ」
言葉をきって、全員の視線を受け止める。初代ヘッドは、一呼吸置いて、言葉を継いだ。
「よそのチームには、悠希はOGになった、戸籍も女になるんだ、つって突っ張れ。ウチの男連中にも、OGの悠希さんつって、突っ張れ」メンバーの顔を見回す。
「この話は、初代総長も承知だよ。OBの幹部たちも呑み込んでくれた」脇から、由美が補う。
「特に、現役。いいな。
あたしゃ、ヘンタイは嫌いだ。その、あたしが言うんだ。突っ張れ」うす、と口々に女たちが応じた。由美が苦笑している。
「聞いたと思うが、悠希は、女の戸籍、手に入れるんで、上野から戻ってくるってことだ。
レディースも、男連中も、“愚礼怒”は、悠希を後押しする。いいな」うっす、と女たちが、再度応じる。
「あ~ぁ」間延びしたジュンの声。
「皐さん、今度は、マジ、泣かせちゃいましたよ」悠希のことだ。しゃくりあげている。
皐は、ぐしゃぐしゃぐしゃ、っと髪をかき混ぜた。
「後、1つだけ、聞いてくれ。
ユウキは、今日からOGだ。今まで同様立てるのは、言わなくてもわかってんな。
ただな……。こいつは、こんなかで、一番ウブい」女たちを見回す。
今度は、わかったような顔をしてる方が、少ない。ジュンが、片眉あげて見てる。
「どうも、こいつは、死んだ男に操立てて、女になる決心、固めたらしい。
新しいOGは、こんなかで、一番スレてねぇ。
立てるだけでなく、相談でもなんでも、乗ってやれ。女の、裏も表も教えてやるんだ」
「ありがとうございます。皐さん」涙も拭っていない悠希が、皐に頭を下げ、一同を見回す。
「由美さんも、ユキも、ほかのみんなも、ありがとう。
皐さんが、言ってくれたとおりです。女の暮らしをはじめてまだ、3、4年。
自分が女だって思い知って、2年過ぎたくらいです。どうか。
……どうか、よろしくお願いします」深く頭を下げた。
最初に、ぽんぽん、と手を叩いてやったのは淳だ。順々に拍手が広がる内、悠木は、頭を下げ続けていた。
「皐さん、もう帰るんすか?」夜の通りで、淳が尋ねた。
「たりめーだ。堅気のOLは、朝がはえーんだよ」
「あたしだって、堅気っすよ」
「わたしもね、子供が待ってるから」と由美。
女たちは、通りのあちこちで、三々五々たむろしている。
由紀の店に気を使い、別れて、化粧を直した悠希が出てくるのを待っていた。
「ジュン。2次会行くなら、お前が仕切れ」初代ヘッドは、後輩や、現役たちが聞いてる事を意識して、通る声を出した。悠希が店を出てきていた。
「あたし、っすか?」意表を突かれたらしい淳。目を丸くしてる。
「お前に任す。カラオケなんか、行くんじゃねーぞ」由紀に何か例を言ってる様子の悠希を横目に、切れ長の目が、イタズラっぽく光っていた。訝し気な淳の肩を抱き寄せ、他のメンバーにも聞こえるように、悪知恵を吹き込む。
「ウブな新米OGに、たっぷり女のエロ話、吹き込んでやれ」
「わっかりました。いいんすね」にんまり笑う淳。
「手は出すんじゃねーぞ」
「まー、今晩のとこは」
いい音を立てて、皐が淳の頭を叩いた。
やりとりを聞いていた悠希は、観念したような顔で、笑っていた。
<未了 改訂していく予定>
最近のコメント
2時間 1分前
3時間 17分前
2日 3時間前
2週 5日前
2週 5日前
3週 1日前
4週 4日前
5週 6日前
6週 6日前
8週 1日前