海SS No010 船出
海SS No010 船出
荷物が転がる度、船出が近づく。
「うっし、食料はこんなもんか」
「こんなものって、多すぎじゃないですか?」
倉庫からあぶれてキャビン一杯に積まれた木箱の山。我らが愛艇の優雅な船内も、これじゃただの貨物船。
これ全部、ボースンの経営する農場からの加工品というから恐れ入ります。根っからの海人が陸に上がって本当に大丈夫かな、と心配してたけど、やっぱり、彼はそんなにヤワじゃなかった。ボースン(甲板長)のあだ名は伊達じゃない。
「あとは、シャンプーセットとかのっけとくかい、嬢ちゃん?」
「髪なんて水で洗っとけばいいんです。そんなの邪魔じゃない」
「はっはっは! 嬢ちゃんもすっかり海人だな、安心安心」
がっはっは、と大笑いを残して、ボースンは船室を出て行く。ハッチから顔を出して見送ってみれば、ボースン自慢の特殊合金製の義肢が、赤道直下の太陽光をギラギラと反射してた。まるで、彼の生命力を現してるみたい。
ボースンと手を振り合って、どすん、と船内に戻る。木箱の間に挟まるように座りつつ、小さく溜息。
水でいい、なんてウソウソ。ホントは欲しいなシャンプーセット。わたしゃキャプテンみたいに割り切れませーん。
うだうだついでに、スペースを広げようと木箱に両手をつく。押す。押す。押す。動かない。一ミリたりとも。あの怪力オヤジ、これじゃレイアウトもなにもないじゃない。後でキャプテンからなに言われるか、はああ。
押すのに疲れてぐったりしてみれば、脳裏に浮かぶ走馬灯のような景色。流れる風景を、とても遠く感じた。
あの、小さな港町で引きこもっていた頃。生っちろい肌のわたしが出会った、伝説を継いだキャプテンと、その船。あれから半年、わたしは随分変わった。
キャプテンに引っ張られるだけだった一月。自分で走ることを覚えた二月。共に走れるようになった三月。今思い出せばあっという間だけど、すっごい濃い、ドキドキの詰まった半年間。
まあ、あの時と今とで何が一番変わったって、それは肌の色。もう、まっ茶色ですってば。二十年後が怖い……。
ため息に混じって聞こえる、キャッキャというサルのような叫び声。気になってハッチから身を乗り出してみれば、港の真ん中、広場になっている所で、ボースンが世話してる子供たちと、いつまでも子供気分の抜けない彼女が遊んでいた。
鬼ごっこかなにかしてるのか、子供たちを追い回すキャプテン。その顔は、とても楽しそうだった。黙っ立っていれば男装も凛々しい美人なのに、素はあれですから……。
わたしが観察してるのにも気づかず、キャプテンは一人の子供を捕まえると、お腹に顔を当ててぶぶぶぶぶっ、と息を吹きつける。ワキャキャキャ、という楽しそうな笑い声に、他の子たちも鬼ごっこなんか忘れてわらわらと集まってくる。
自分を取り囲んだ子供たちに嫌な顔一つせず、むしろ自分が一番楽しんでる勢いのキャプテン。でも、彼女がひとたび荒海に出れば、厳しい海より更に厳しい、船上の鬼へと変わってしまう。その両面どちらもが、キャプテンの本性だ。
海みたいだな。ふと、そう思った。時に優しく、時に荒々しく。常に変化して、流れ続ける。
それが海人ってものなのなら、わたしも、そうありたい。
時計を見る。そろそろ出航の時間。腰に手を当て、叫ぶ。
「キャプテーン、遊んでないでもどってこーい!」
子供たちが固まるほどの大声。ぶぶぶっ、を止めて顔を上げるキャプテン。
まだ続けたい、て目をしたキャプテンに鬼の顔。手綱は締めないとね!
ちぇ、と不満げなキャプテン。ちょっとむすっとしたその顔は。
ちょっとだけ、かわいらしかった。
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