エピソード・メモ:愚礼怒、レディースの快気祝い前-改訂版

エピソード・メモ:
愚礼怒、レディースの快気祝い前-改訂版

鍼原神無〔はりはら・かんな〕
*悠希と愚礼怒のお話、エスキス(下書)。
*「エピソード・メモ:悠希と吉住、そして皐」の改訂前の版です。
*「エピソード・メモ:愚礼怒、レディースの快気祝い前-旧版」の改訂稿にあたります。

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「ったく、お前らの代は、なんなんだよ」ことさら大きくはないが、よく通る声だった。
 昼時が過ぎたばかりの喫茶店。声の主は、奥のテーブルに着いていた。顎の線がシャープな女だ。
 カウンターとの間を区切る格子を背にした女は、いかにもOLらしい制服に、カーディガンを羽織っていた。肩より少し長いロングヘアーに、ゆるいウェーブがかかっている。

 時間差で昼をとっていた若いOLたちが、窓際から怪訝な表情で様子を窺っていた。奥の女に、きつい目線を返されると、そそくさと自分たちの会話に戻る。
 引退しても、暴走族“愚礼怒”レディース、初代ヘッドの眼力は健在だ。

 元レディース・ヘッドは、舌打ちしながら、メンソールの煙草を叩き出した。
「知ってんだろ。あたしゃ、ヘンタイは嫌いなんだ」言いながら同じテーブルに着いていた相手を見据える。少し派手な色のスーツを着た茶髪の女と、ジャンバー姿の若い男が、並んで座っている。
「はい。すみません」茶髪の女、悠希は、相手の視線から目をそらさず、静かに応える。
「まぁ。そらもう言わね。切っちまったちんぽは、もどんねーもんな」
「皐さん、もうちょっと小さな……」若い男、吉住は、睨まれ、口を噤んだ。

「悠希、1つ、聞かせろや。お前、手術代、どうやって工面した? 安かねんだろ」紫煙を吹き出しながら、後輩の元特攻隊長をねめつける。
「わたしの、男が、用立ててくれました」
 椅子を引きずる音。悠希は、隣席に目をやった。
「ごめんな、ヨッちゃん、びっくりしたろ。聞かれもしないのに、話すことじゃないと思って」
“うん”と、1度顎を引いた吉住は、のけぞった姿勢を直しながら、元レディース・ヘッドの様子を窺った。

「お前、女の戸籍、手に入れるんで、戻ってきたつったよな」
「はい。しばらく。それで、皐さんたちにもご挨拶に」
「吉住んとこにやっかいになるってか。んな大事な時に、お前の男とか言うヘンタイ野郎は、どこで何してんだ?」

 悠希は、一度目をつぶり、息を吸った。
「死にました」見つめている皐に向けて、言葉を継ぐ。
「長い話は、嫌いですよね。わたしも、好きじゃないです。あの人は、映画屋、……って言うか、小さな会社やってて……」

「ダァーッ。……もういい」皐は、空いてる手で、ぐしゃぐしゃっと、髪を掻き乱した。
「聞いたあたしが、悪かった。レディースの連中にゃ、快気祝いでも、歓迎会でも、好きにしろつっとく」煙草を灰皿に押し付け、席を立った。
「ったく、OLの貴重な昼、潰しやがって」すみません、と頭を下げる2人を一瞥すると、初代ヘッドは、とっとと席を立った。

 吉住は、手洗いに立った悠希を待っていた。誰かに、肩を叩かれ、座ったまま振り向くと、去ったはずの皐が、腰を屈めてくる。戸惑った様子の吉住に構わず、皐は、抑えた声を出した。
「ヨシ。悠希の奴、だいじょぶだろうな? 女の顔してたぞ」吉住は、ますます、戸惑った顔。
「はぁ、……女顔は昔っからっすけど。前は、言うと、すっげー、怒ったもんすけどね」今度は、首を捻る。
 皐は、ため息をつきながら、後輩の肩に腕を回した。
「いいか、お前が器用な奴でないこた、知ってる。お前の取り柄は、ドジでもダチを見捨てねぇとこだ」
「ドジはないっしょ」
「いいから聞け。お前は悠希のダチだな」皐の真剣さに気おされ、無言でうなづく吉住。
「何があっても、ダチでいてやれ。ただ、お前のダチは、男じゃねぇ」
 カウンター横のドアから出てきた悠希が、立ち止まっていた。
「いいか、何があっても、オタオタすんな。ダチでいてやれ」ポンと吉住の肩を叩くと、今度こそ、足早に去っていった。

「皐さん、なんだって?」
 駅のそばまで戻った駐車場。脇に吉住酒店と記されたワゴンに乗り込んだ悠希は、助手席のシートベルトを掛けながら尋ねた。
「いや。お前が、女顔してるとか、男じゃねぇとか……、よくわかんね」腑に落ちていない顔をしてる。
「そぅ」小さく応えた悠希は、車窓の外に顔を向けた。
 駐車場の光景が、ゆっくり流れる。
「ヨッちゃん、今日は、お店、手すきな日だって、言ってたよね」
「んだよ」と、苦笑いする吉住。
「よかったら、カズさんとこ、車回してくれる?」
「おう。墓参りか。よっしゃ、俺も行こう」
「だめだよ。マリが困るよ。あたしだけ下ろしてくれれば、いいから」
「構わね。……あいつにゃ、携帯入れるよ」吉住は、同期総長の墓所に向かって、ハンドルを回した。

<未了>

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