エピソード・メモ:悠希と愚礼怒

エピソード・メモ:
悠希と愚礼怒

鍼原神無〔はりはら・かんな〕
*悠希のお話、エスキス(下書)。

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概要:
暴走族“愚礼怒”、2代目特攻隊長だった悠希は、性別適合手術を済ませて間もないTS(Trans Sexual)。
戸籍改訂のため、古巣の町に戻ってきた悠希は、しばらくポン友、吉住(ヨっちゃん、ヨシ)の家に、身を寄せることになった。
しかし、家族との話し合いもうまく進まないまま、勤め先からとっていた長期休暇は、もうすぐ終わろうとしていた。
*この下書きは『鈍色で深い川』をベースに、変形、発展させたものです。作者としては、別作品としていきたいと思っています。
(下書きは、次段から)

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 冬枯れの草叢が、乾いている土手。細い土手道に面した、安アパートの脇階段を、フェイク・ファー・コートの悠希が上っていく。土手の底の川面を撫でた風が、コートの背で、ストレートの茶髪を揺るがせた。
 深いサイド・スリットを出入りする脚の横で、コンビ二の袋も揺れていた。
 暴走族“愚礼怒”の現役総長を、訪ねようとしていた。
 明後日には、上野に戻る。その前に、後輩に会っておこう、と、1人で出かけて来た。
 万理から聞き出した携帯に連絡すると、風邪で高校もバイトも休んでいる、という話だった。

 ひんやり湿ったモルタル壁のインター・フォンを、紅い爪の指で押す。
 湿気たようなチャイム音の後、接続ノイズと共に“山崎です”、しゃがれ声が聞こえた。
「悠希だよ。遅くなって、悪かった」
 金属音がして、細く眉を剃った少年がドアを開けた。「うっす」
 軽くうなづいた悠希が、コンビニ袋を手渡した。

 チェーンを掛けてやって、振り返ると、山崎が、白い特攻服で後ろ手を組み、直立している。
「悠希さん。お久ぶりッす」腰から上半身を折る姿に、悠希は、ブーツを脱ぎながら苦笑。少年の足元に置かれた袋を拾い上げ、微笑みかけた。
「風邪なんでしょ。楽な格好で、寝てていいのに」
「2代め特攻隊長に見舞ってもらって、んな無礼、できないッス」いいから、と、少年を奥に押しやる。

 流しで袋の中身を整理した悠希が、飲み物を選ってから部屋に移ると、窓から朱色が注いでいた。
 山崎は、特攻服のまま、ビール・ケースを組んだ寝台の縁に腰掛けている。
 壁に止められた“愚礼怒”の大旗。隅が朱色に染め分けられた族旗の周りに、雑然と貼られている写真。無数の写真は、色褪せて見えていた。

「何、しゃちほこばってんのさ。総長」悠希は、床に転がる雑多な物をよけながら、スポーツ・ドリンクの缶を手渡す。大股開きで座ってる少年の前あたりで、壁に背を預けると、自分はビール缶のプル・トップを引いて、掲げて見せた。
「あの。……、快気祝いは、言わせてもらいます」タイト・スカートの裾を整えながら、横座りする様子から、目をそらしたままだ。悠希は、含みには構わず、微笑んだ。
「こないだ、レディースの連中も祝ってくれた。名誉OGだってさ。赤飯出された」
 世間で言う性転換手術を済ませた悠希の快気祝い、という名目で、暴走族のレディースOGが開いてくれた集まりの話だ。
 会の席上、悠希もOGとして扱われる、と告げられていた。

「悠希さん、おちょくられたんじゃないッスか?」焼いた針のような視線。
 微笑で受け止めた悠希の瞳には、淡い陰が射していた。
「呑みこもうとしてもらった、と思ってるよ。おもしろがってる奴もいたけどね」
「自分も、納得したわけじゃないッス。けど。大変だったくらいは、わかりますから」口を尖らせる少年の視線を、悠希は、落ち着いて受け止めている。
「元特攻隊長が、とうとう男じゃなくなった。今までも、女の格好してたけど、ちんぽまで切っちまった、ってか。
 呑み込めないでいるのは、お前だけじゃないだろ」空けたビール缶を片手に、まあ、気長に行くさ、と、腰を上げた。

 流しで食器を手早く洗いながら、「お粥、作ってやるから、寝てなって」と、声をかける。
 冷蔵庫に収めた食材を取り出し、出汁を用意しながら、白米パックを片手鍋の脇に置いた。葱や漬物を刻んで、鮭の塩焼きを小皿にほぐしはじめた頃、悠希はボツボツ話しだした。

 上野の店じゃぁ、特攻はないけどさ。ヤっくんやポリが来たら、最初の担当ってことになってんの。

 店に迷惑かけない知恵は、つけたけどね。捌いて、上に取り次いだり、お引取りいただいたり、とかさ。

 気づいたら、そんな役回りに収まってんの、と、丼やら小皿やらを載せた盆を持ちあげたとき、背後から声がかけられた。
「なんの話ッスか、それ」
 盆を持ったまま、ゆっくり振り返ると、敷居のあたりに山崎が立っている。
「女になっても、わたしは、わたし、って話だよ」
「信じられんね」ザラついた声と共に突き出された腕が、食器の上で左胸を掴んだ。
「バッカやろッ!」跳ね上げた盆を、顔面に叩きつける。膝もぶち込んだ。飛び掛って仰向けに押し倒す。揺れた引き戸が音を立てた。
 茶髪を乱した悠希が、馬乗りで特攻服の襟を締め上げている。

「なんのマネだッ!! 言ってみろ!」
「あんたが女だってこくなら、確かめてやる」歯軋りするように毒づく山崎。眉を顰めた悠希は、のけぞると勢いを込めた額を叩きつけた。
 両襟を片手で掴みなおすと、もう一度締め上げた。馬乗りのまま、頭を引き寄せる。
「舐めんじゃねぇよ」鼻先が触れ合うような距離で、悠希がねめつける。長い髪が山崎に触れていた。
「ほいほい股開くほど、安かねぇッ!」後頭部を床に叩きつけざま立ち上がって、族旗に指をつきつける。
「ヤマザキッ!! てめ、総長だろ! ツッコミ禁止! ウリ禁止! “愚礼怒”は、いつから変わったッ!!」

 怒鳴りつける悠希を見ていた山崎は、ゆっくり両膝をつき、両手をついた。スリットから、膝の上まで脚を覗かせている悠希に土下座して、太い声を出す。
「すみませんでしたッ!」暗くなった室内で、顔を上げた山崎の瞳が蒼白い。
「オレ、……オレ、今から、2代目特攻隊長は、死んだと思いますッ! OGの悠希姉さんができたと思うッス!」どうかっ、許してくださいっ、と、床に額を擦り付ける。

 山崎の土下座を見下ろしながら、悠希は、大きく息を吸った。ゆっくりと、かがみ込んでいく。
 肩を押し、顔を上げさせたときには、唇の端をあげていた。指先で、額を小突く。
「頭固いよね、おまえは。だから、4代め任されたんだけどさ」どこからか、コロッケの匂いがただよってきていた。
「女にやらせてもらいたかったら、手順ってもんがあんだろ」からかうように続けながら、食器を広い集める。
「手順とってきても、もう、お前には、絶対やらせてやんね」笑いながら、流しに戻っていった。

「明かり、つけてよ」悠希が、新しく作り直した食事を持って来ても、山崎は暗い中で正座を続けていた。
 苦笑しながら、放置されていたビール・ケースを、ストッキングの脚で押した。散らかったままの粥を踏んでも、構わず、向きを整えたケースの背に、盆を置いてやる。
「ほら、食べなって」うすっ、いただきます、と、肩を丸めた山崎がボソボソ食事を始めた。
「窓、開けても平気かい?」
「うすっ」

 細めに開けた窓に寄り添うようにして、悠希は煙草を吸い始めた。鈍い色の川が、夜の底で暗く淀んでいる。
 川の向こうに、宅地の灯りが、白々と光って見えた。
「あの、悠希……姉さん……。さっき、オレが言っちまったこと……」
 ん? と首を傾げて促す様子に、山崎は言葉を継いだ。
「……悠希さんが、死んだと思うとか……」あぁ……、と、深く吸った煙草を窓の外に吹き出してから、悠希は振り向いた。
「あたしも、それで呑み込む。でも……、お前が相手のことなんだよ」
 うすッ、と返事した山崎は、食事を続けた。わかる? と言う言葉を悠希は呑み込んでいた。

 山崎が食事を済ませる頃合で、悠希は、インスタントの生姜湯を出してやった。薄めに作った方を渡し、自分も湯飲みを持って、向かい合う。
「今はなんでもあって、便利だよね」と笑う悠希に、山崎の表情は、まだ硬い。
「悠希姉さん。実は……。少年課の長谷さんが……、俺とカヨに“愚礼怒”解散しろって言ってきてるんす」
 地元警察の、少年課に属す古参の刑事が、現役の総長と、レディースのヘッドに、暴走族を解散するよう働きかけている。初めて聞いた話に、悠希は眉を潜めた。表情で、山崎を促す。
「俺も、カヨも、今年中には引退する年なんで」
「長さんなら、その辺もわかって、突いてきてるんだろうね」
「多分。去年の年末頃から」
「茂さんや、皐さんは知ってるんだろうね」
「はい。茂さんも、皐さんも、現役に任せるつってくれて」
 去年の年末頃から、何度か呼び出されたようだ。
 初代の総長と、レディース・ヘッドには報告をした。2人は、現役幹部の判断に任せる、と言ってくれた、という話だ。

「ヨッちゃん……、吉住は? 知ってる?」山崎は、首を横に振って応えた。
「俺とカヨで腹決めてから、現役幹部皆で話まとめろ、と。先輩たちのことは引き受けるから、ともかく現役の事だけ考えて、じっくり決めろ、と」
 現役の総長、山崎と、レディース・ヘッド、佳代とで、リードして、現役の意思をまとめろ、と初代幹部のOBOGに言われた、と言っていた。初代のトップ両名の、OB、OGに口は出させない、という決意も篭っていた。
 後輩の拙い言葉でも、悠希にはわかった。
 茂さん、皐さんらしい、と、思う。
 それに、と、考えを紡ぎ始める。
 2代目総長は、事故で死んだ。疼く気持ちに構わず、考えを続ける。
 レディースの2代目ヘッドは、今、この街にいない。サブも、結婚して地方に行ってしまった。2代目の幹部で、街に残っているのは、吉住と淳。それとわたし。3代目も、都心に出たり、散っている奴は多いはずだ。

「それじゃぁ。揉め事は迷惑だよね。済まなかったね」と、言いながら、生姜湯のお代わりを用意した。自分の分も作りながら、気持ちと言葉を整理した。
 悠希は、先日、自分のことが原因になって、現役の男子とレディースのメンバーが揉め事を起した事を行っていた。総長なら当然、耳にしているだろう、とも確かめない。自分が、まだ、この先も揉め事の種になるだろうことも、含んで話していた。
 今日も、その事が気に掛かって、山崎を訪ねたのだった。

「いえ……。やっぱ、皐さんが、決めた事っす」悠希さんに一発かまされて、納得しました、と、山崎。
 悠希には、応える言葉がなかった。ゆっくりと、湯飲みを傾ける。
「わかった……。わたしも、茂さんと、皐さんに従う。
 じっくり決めな。あんたらが決めた事を後押しする。解散するもしないも、口は挟まない。
 ただ、ヨシとジュンには話すよ。あいつらにも口は出させない」
 緊張して、口をつぐんでいる後輩の表情が、幼く見えた。
「ほら。そんな顔してないで、腹くくっちゃいな」言葉が先に出てから。わたしが現役だったら、どうするだろう? と、考えていた。
 はい、と頷いた後で、山崎は、やっと笑った。
「やっぱ、悠希さん……、姉さんでも男らしいや」
「……お前ねぇ……」なぜか、悠希は、不快にも感じずにいた。
「あ、えーと……。キップがいい、つぅんすか?」
 山崎が困った顔を見せていると、携帯の着メロが聞こえてきた。

<未了 改訂していく予定>

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