エピソード・メモ:悠希の快気祝い-旧版
エピソード・メモ:
愚礼怒、レディースの快気祝い前-旧版
鍼原神無〔はりはら・かんな〕
*悠希と愚礼怒のお話、エスキス(下書)。
*「エピソード・メモ:悠希の快気祝い」の初期版です。
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小さな寿司屋の2階の座敷。若い女ばかりが、集まっていた。20人より少し多いくらいだ。
一番の上座に、ストレートの茶髪の悠希が、座らされている。
暴走族“愚礼怒”レディースのメンバーが、初代から、4代めの現役まで、集っていた。
手術を済ませた悠希の快気祝い、という名目の集まりだ。悠希の隣で、あれこれ仕切ってる、ふっくら太目の由美が仕掛け人。由美はレディースの初代サブで、今は“愚礼怒”初代総長の妻。2児を持つヤンママだ。
「ほら、悠希も飲んで、飲んで」と、ビールを注ぐ。
「はい、戴きます」と、コップに手を添える悠希。
上座の方が年かさで、下座に行くほど若い。ぱっと見は、何か、体育会サークルのOG会と言った風情だ。ただ、下座に行くほど、金髪や、紅い髪、リーゼントや、眉を抜いた少女が目立っている。
主だった面子から順に、悠希に挨拶に来て、贅沢ではないが、心づくしの刺身や、天ぷらが、大分片付いた頃、シャープな顎の線にロング・ヘアーを肩に掛けた女が、階段を上がって来た。
「皐さん」
初代ヘッドの登場に、座が緊張する。意外そうな表情も、ちらほら見えた。
上座に据えられていた悠希も、驚いた様子で、腰を浮かせる。
「バカやろ、主賓が立つな」座敷脇の細い廊下を通り、奥に進んだ皐が、制した。
「そうだよ。座ってな」悠希の肩を押さえた由美。自分が座っていた席に、皐を落ち着かせる。
上座のメンバーたちが、由美のスペースを開けようとするのを、手振りで止めた。皐と悠希の後ろで、壁によりかかると、グラスを舐めはじめる。
皐の後から、若いかみさんが寿司桶を運んで、上がって来ていた。細面のかみさんは、3代目サブのユキだ。
由美が立って手を鳴らした。座を見回して、声を出す。
「サツキも来たから、もう1度乾杯するよっ」と、由美。上座の脇では、ユキが、盛り付けた茶碗を皐に手渡している。皐は、あきれ顔で、ユキと由美を見てから、ほれ、と、悠希の前に赤飯の椀を置いてやった。
「由美さんに言われて、用意させてもらいました」と、廊下から、ユキが悠希に声を掛ける。
「由美さん、……これ」と、背後を見上げる悠希。
「今日のメインだ。みんなに渡ったら、乾杯する」知らん顔で仕切る由美。
「ありがとうございます……」椀を両掌でいただいた悠希が、うつむいた。
「ダーッ!」奇声をあげた皐が、いきなり悠希の茶髪頭を叩く。
「みっともねぇ。元特攻隊長のOGが、後輩、現役の前で泣くんじゃねぇ」
目を見開いて、顔を上げる悠希。
「あー、乾杯の前に言っちゃったよ。しょーがねーな」由美が不平を言いながら、再度、座を見回す。
「よっしゃ、みんな、グラス持ちな。
聞いてくれ。サツキと話して、2代め、3代めの幹部とも相談したことがある。
悠希は、今日から“愚礼怒”レディースの名誉OGだ。現役も、そのつもりでいてくれ」
座の内で、数人の元幹部たちが、周りにうなづいてみせている。
由美の音頭に併せた乾杯の声の内、涙を流しながらコップを空けた悠希は、“みっともねぇ、とっとと、顔、直して来い”と、どやされ、席を外した。由美は、苦笑して見ている。
「だけどさ。悠希さん、メンスないんだろ、いいよな」声でわかる。お調子者で有名な3代めのメンバーだ。
すかず、皐が、お絞りを飛ばした。
「サチ、てめえの口は、相変わらず軽いな」サチと呼ばれた小柄なOGは、首をすくめた。
「てめも、ユキの姉さんの手術ん時カンパしただろが」3代めサブのユキに、目線で謝ってみせる。
ユキは、客商売に慣れたようすで、小さく首を横に振った。彼女の姉が、数年前、子宮摘出の手術を受けた事を思い出し、一同が静まっていた。サチが、唇を噛んでユキの方を見る。
「皐さんは、私の事でなくて、悠希さんの事、言ってるんだよ」ユキがサチに言った。
「それにさ、悠希も生理はあんだよね」2代めのレディース特攻隊長ジュンが、軽い感じの口調で言った。え? という顔、へー?? という顔が、ショート・ボブのジュンを見る。
「タマ抜いたんだから、卵巣取った女と、一緒。毎日、ホルモン剤、呑んでるはずだよ。だから、メンスは無いけど生理はある。軽い奴くらい、とは思うけどね」へー、そーなんだー、と、場の空気が緩んだ。
「今日もさ、それで、涙もろいんじゃないすか。それに、ホルモン飲むようになって3、4年めっしょ」軽口、言ってみせながらビールを飲んでる。
「情緒不安定って奴だ。なぁんか、無理してるっつーか、張り詰めてるっつーか」
「さすがに、ヘンタイの事は詳しいな」と、苦虫、噛み潰したような皐。由美に膝で小突かれて、ますます顔をしかめた。
「ズーレーですから」ニヤニヤ笑いながら、ジュンが応じる。今日は、しょーがねーな、と、真顔でボヤいた皐が、はす向かいのジュンにビール瓶を差し出した頃、化粧を直した悠希が、戻って来た。
数時間後、女たちが、ざわつきながら、次々階段を降りてきた。現役の少女たちから靴を履き、貸切になった店内の、壁際に控えていく。
悠希がヒールを履いてると、最後に降りてきた皐が、階段を居りきらずに、立ち止まり、通る声を出した。
「締めに聞いてくれ」悠木が見上げる、ほかの女たちも一斉に顔を向けた。
「今日から、悠希は名誉OGだ。ただ、こいつはレディースの内々の事だ」
言葉をきって、全員の視線を受け止める。初代ヘッドは、一呼吸置いて、言葉を継いだ。
「男連中にも、よそのチームにも、悠希はOGになった、戸籍も女になるんだ、つって突っ張れ」メンバーの顔を見回す。
「この話は、初代総長も承知だ。OBの幹部たちも呑み込んでる」脇から、由美が補った。
「特に、現役。わかったな。
あたしゃ、ヘンタイは嫌いだ。その、あたしが言うんだ。突っ張れ」うっす、と口々に女たちが応じた。由美は苦笑してる。
「聞いたと思うが、悠希は、女の戸籍、手に入れるんで、しばらく2代目サブんとこにいるそうだ。
レディースも、男連中も、“愚礼怒”は、悠希を後押しする。いいな」うっす! と、女たちが、再度応じる。
「あ~ぁ」間延びしたジュンの声。
「皐さん、また、泣かせてんの」悠希のことだ。また、しゃくりあげている。
皐は、ぐしゃぐしゃぐしゃ、っと髪をかき混ぜた。
「後、1つだけ、聞いてくれ。
ユウキは、今日からOGだ。今まで同様立てるのは、言わなくてもわかってんな。
ただな……。こいつは、こん内で、一番ウブい」女たちを見回す。
今度は、わかったような顔をしてる方が、少ない。ジュンが、片眉あげて見てる。
「どうも、こいつは、死んだ男に操立てて、女になる決心、固めたらしい。
新しいOGは、こん内で、一番スレてねぇ。
立てるだけでなく、相談でもなんでも、乗ってやれ。女の、裏も表も教えてやるんだ」
「皐さん。ありがとうございます」静かに腰を上げた悠希が、涙も拭わず、一同を見回す。
「由美さんも、ユキも、ほかのみんなも、ありがとう。
皐さんが、言ってくれたとおりです。自分は、女の暮らしをはじめて3、4年め。
自分が女だって思って、2年過ぎたくらいです。どうか……
どうか、よろしくお願いします」深く頭を下げた悠希に、最初に、ぽんぽん、と手を叩いてやったのは、ジュンだった。
順々に拍手が広がる内、悠木は、頭を下げ続けていた。
「皐さん、もう帰るんすか?」
「たりめーだ。堅気のOLは、朝がはえーんだよ」
夜の通りで、三々五々たむろしてる女たち。
ユキの店に気を使い、あちこちに別れ、化粧を直した悠希が出てくるのを待っていた。
「わたしもね、子供が待ってるから」と由美。
「ジュン。2次会はお前が仕切れ」初代ヘッドは、後輩や、現役たちが聞いてる事を意識して、通る声を出した。
「わたし、っすか?」意表を突かれたらしいジュン。目を丸くしてる。
「お前に任す。カラオケなんか、行くんじゃねーぞ」ユキに何か礼を言いながら、店から出てきた悠希を横目に見る目つきが、イタズラっぽい。訝し気なジュンの肩を抱き寄せ、他のメンバーにも聞こえるように、悪知恵を吹き込む。
「ウブな新米OGに、たっぷり女のエロ話、吹き込んでやれ」
「わっかりました。いいんすね」にんまり笑うジュン。
「手は出すんじゃねーぞ」
「まー、今晩のとこは」
いい音を立てて、皐がジュンの頭を叩いた。
やりとりを聞いていた悠希は、観念したような笑顔を見せていた。
<未了>
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