エピソード・メモ:悠希と吉住のドライブ-旧版
エピソード・メモ:
悠希と吉住のドライブ-旧版
鍼原神無〔はりはら・かんな〕
*悠希と愚礼怒のお話、エスキス(下書)。
*「エピソード・メモ:悠希と吉住のドライブ」の初期版です。
====
「ったく、あんのポリ公、しつけーよ」と、ゆっくりハンドルを回しながら吉住。
「うん。酒飲んでる、って決め付けてたんだよ」と、助手席の悠希は浮かない表情だ。
深夜の街道沿いの、ファミレス。駐車場に、吉住酒店のワゴン車が停められた。
塞ぎ込みがちの悠希を、吉住がドライブに誘い出したのだった。もっとも、うまく仕向けたのは、吉住の妻、万理だったが。
2人は、現役時代に仲間と走ったコースを、軽く流した帰路、検問に出くわした。
最初の検査で酒気帯びですらなかったのに、担当の警官に、いくつも追加検査を強制された。それで、吉住は、文句を言い続けてた。
「わたし、こんな服しか持ってないから」ファミレスで、隅の席に座りながら、悠希が言った。吉住相手に、詫びているようだった。
シルバーの糸が僅かに混ざったアイボリーのスーツ。ミニスカではないが、膝上。いかにも、水商売風の服だ。だから、飲酒してると決め付けられた、と言っているのだった。
吉住は、そんな悠希の様子に納得できないでいた。
昔は、こんなふうじゃなかったように思えた。
今も、厨房の脇、手洗いに近い一画で席を選んだ。深夜の時間帯でも、まばらに客のいる明るい店内で、この一角は無人だった。
吉住が、何か言おうとした時、騒がしい足音と、無遠慮な声が聞こえてきた。
「あ、いたいた、ヨシさん、ちぃーっす」「ワゴンあったんで、いると思って」「ちぃーす」
OBの吉住に、暴走族“愚礼怒”の現役メンバーたちが口々に挨拶してきた。2人の少女は、悠希にも目礼していた。
5人ほどの少年少女は、16、7くらい。内には、もう少し年下に見える顔もあった。
「ハクい姉さんと、深夜の密会っ」
「万理さん、知ってるんすかぁ」
「バカすけ。元特攻隊長の悠希さんだ。挨拶しろ」
とたんに、少年たちの態度が変わった。顔を背けたり俯けたりする男子。女子2人は、唇を噛んで、男たちを睨む。吉住も顔色を変えた。一瞬のことだった。
「悠希だよ、よろしく」落ち着いた口調が、場の空気に割って入った。
「ちぃす。姉さん」2人いた少女が尋常に挨拶し、男子たちも、やっと歯切れの悪い挨拶をした。
「杉山ッ」吉住が低く声を荒げる。
「杉山。他のも、こっち見な」目配せして吉住を制した悠希が、言葉を継いだ。渋々、顔を上げる少年たち。
「これまでは、上野の方にいてね。現役には、幹部くらいしか面通し、してなかった。
しばらく、吉住さんとこで厄介になる。面、合わせることも、増えるよな。
今さらで悪いけど、よろしく頼む」
それでも、煮え切らないような返事しかしない男子たち。吉住が何か言おうとするのを、再び制した悠希は、いいから行きな、と行かせてやった。
なんとなく、口ごもってしまった吉住と悠希が、香りもしないコーヒーを、一口、二口、飲んだ頃、メイン・フロアの方で、甲高いわめき声と、食器が派手に割れる音がした。
ファミレスから脇道に入った、小さな公園。アパートと町工場の煤けた壁に挟まれ、虫歯が抜け落ちた後のような空間が、ぽっかり開いている。
「お前ら、はしゃぎ過ぎだ。俺らがいなかったら、ポリ呼ばれてたぞ」
薄明るい街頭の下、吉住が、現役連中に小言を垂れている。誰の吐く息も白い。
吉住の脇には悠希。“愚礼怒”の少年、少女は、後ろ手で2人の先輩の前に立ち並んでいる。
吉住と悠希が顔を出した時、ファミレスの卓を押し倒す勢いで、取っ組み合った2人を、他の者が押さえ込んでいた。
吉住が、コンビニ店長の名刺と、数枚の万札をファミレスの店長に握らせ、足りない分は、明日、又、来て相談するから、と、なんとか後輩たちを連れ出したのだった。
「わたしらに会ったから、揉め事になったんだろ」取っ組み合いを演じた2人に、悠希が尋ねる。
「勘弁してください、悠希姉さん」返事にならない返事をしたのは、金髪の少女、ミキだった。
「オレは、ちょいふざけて、冗談、言っただけっす」ミキと取っ組み合った少年が、うそぶく。
杉山っと、吉住が声をかけると、リーダー格の少年は観念したように口を開いた。
「木本が『吉住さんたち、デキてんのかな』みたいに言ったんす。んで、ミキがキレて」
「木本はね『ヨシさん、あのカマと、やってんのかな』つったんすよっ」ミキが吐き捨てるように暴露した。
「てんめ」と、拳を挙げようとした吉住だが、すでに両手ともふさがれていた。
杉山のセリフの途中で、悠希が脱いだコートを押し付けていた。ミキのセリフが終わる頃には、スーツの上着も押し付けられた。
吉住の前に出ながら、シャツ・ブラウスを、左右に引き割くように引き上げていった。ボタンが、飛び散る。右手でキャミソールをたくし上げ、夜気に大きく肌をさらした。
わき腹から、胸の下に掛けて、大きな傷跡と引きつれの跡。
「現役の時、事故ってさ。肋骨、折れて、死ぬとこだった」傷を見せ付ける悠希。
「病院で、ヨっちゃんが、輸血してくれて、死なずに済んだ」下着の裾を整えることもしないで、若い男子らを、順にねめつけていく。
「それから、兄弟みたいに付き合ってきた。わかるか? 兄弟とは、ヤんねぇよ」
元特攻隊長に睨まれた現役たちは、てんでにうなづく。
「木本、今日は聞き流してやる。2度と、人の事、カマ呼ばわりするな」
木本の両肩に手を置き、ゆっくり顔をよせていく悠希。静かな声に怒気が篭っている。
「カマって連中はな、尻売って、日銭稼いでんだよ」
襟を締め上げながら、さらにゆっくり顔を寄せ、木本の目を覗き込む。
「あいにく、“愚礼怒”レディースは、ウリ禁止だッ」
ヘッド・バットを1つ叩き込み、突き放す。額を押さえて、へたり込みながら、それでも木本は「うす」っと応えていた。
「わかったら、もう行きな」現役たちは、侘びや挨拶を口にしながら離れていく。
「ミキと、そっちの……」悠希に呼び止められ、2人の少女が立ち止まった。
「エミです」と、ほとんど角刈りのようなベリー・ショートの少女。
「ありがとうね。ミキも、エミも」
「あんなんで、いいんすか?」とミキが、吉住から受け取った服に袖を通している悠希に尋ねた。
「男はさ、わたしみたいの見ると、頭んなかグチャグチャで、わけわかんなくなるんだ。
1度。1度だけ、聞き流す」コートを羽織った悠希に、少女たちは頷いた。
「あの、悠希姉さん。あたし、皐さんが言ってたこと、わかったっす」とミキ。
首を傾げる悠希。
「悠希姉さん、スレてないって。ほんとっすね」
何か勝手に勘違いしてるらしい少女に、いいから、行きな、と苦笑する悠希。口々に挨拶しながら、少女たちは去っていった。
公園から走り去るバイクの音を聞きながら「なんの話だ? スレてねぇって??」と、吉住が尋ねた。
「なんでもないの」と、悠希は応えた。
<未了>
最近のコメント
7時間 12分前
8時間 28分前
2日 8時間前
2週 5日前
2週 5日前
3週 1日前
4週 5日前
5週 6日前
7週 1分前
8週 1日前