まほえぴ! あさごはんたいせん
まほえぴ! あさごはんたいせん
朝は、一杯のコーヒーから始まる。
「おはようございます、レンさん」
「……おはよう」
私の前にカップを置いて、レンさんはかすかに唇の端を上下させる。それが、レンさんの笑顔だ。
私が『Accueil』の 料理長であるレンさんの元に下宿して、もう二月になる。最初は、お面を張り付けたような顔が不気味に思えたけど。彼女が口下手で朴訥なのはすぐに分かったし、それに、短髪を立てたボーイッシュな横顔は、ハンサムで格好いい。女の子のわたしだって、つい憧れちゃう素敵さだ。
実際、お客様の中にも、レンさんの隠れファンが多いらしい。そしてなにより、料理の腕は超一流。もちろん、コーヒーの淹れ方も。
しっとりとコハク色に染まったコーヒーに、側のビンから砂糖をひとすくい。ふたすくい。さんすくい。よん、で、レンさんの細い腕が、わたしの手を押さえた。
「健康……悪い……から」
あはは、ついついやっちゃうんだよね。だめだめ、健康には気をつけないと。 毎朝のやり取りに、レンさんもちょっと呆れ気味。あはは、視線がいたひ……。
すっかり甘くなったコーヒーをすするわたしの前に、サラダやフランスパンといった朝食が運ばれて来る。いたって普通の朝ごはんのはずなのに、レストランばりのトッピングのせいなのか、サラダもパンもキラキラ輝いて見えた。ああ、レンさんの料理を毎日食べられるなんて、至上のしやわせ……。
「よだれ」
「おっとと」
レンさんの手には白いナプキン。それが、わたしの口元をぬぐってくれる。いけない、レンさんにそんなこと。でもああ、ちょっと幸せかも……。
なんて、幸せな二人の時間を壊す悪魔が、階段をころげ落ちてきた。
「うひー、寝坊じゃー!」
「そのまま眠ってれば良かったのに」
わたしのイヤミを耳に入れるほど、彼女はクールじゃない。口に歯ブラシを突っ込んだまま食卓に突進した彼女は、朝食を前に、ハッと気付く。
「メシ食いながら歯あ磨けないじゃん!」
それは、当たり前だと思う。
場に漂う微妙な空気。でもそれを気にしないのが、サンのサンたるゆえん。
とりあえず歯ブラシを脇に置いたサンは、そこでようやく、わたしの姿に気付く。
「おっすトマ公」
「トマ公じゃなくてトマト!」
キッ、と睨み付けても、彼女はトレードマークのにやにや笑いを崩さない。
わたしより先にこの家に上がりこんでいたこの女子高校生は、不遜な態度とにやにや笑いで、甘い甘い二人だけの生活の邪魔をする。ほんと、大迷惑!
「朝っぱらからナニすねてんのトマ公。お、さては月一のアレの日!」
「ちがいます!」
「あっはは、そー怒るなよー。オンナ三人、ちょっとしたジョークじゃない、ねー?」
同意を求められたレンさんは、眉の間に小さな溝をつくると、そそくさと台所に戻ってしまう。恥ずかしがりやな所も、可愛らしいなあ。それに比べてこっちは……。
「なに、アタシの顔になんか付いてる?」
「べつにー。じゃ、いただきまーす」
「うっす。いただきまーす!」
一人分の皿に分けられたサラダをもっしゃもっしゃと頬張るわたし。隣でサンも、親の敵でも見るような目でパンを噛み切っていた。悔しいけど、食べ物に対する反応は同じなんだよね、とほほ……。
獣のような勢いで朝食を平らげたわたしたち。でも、おなかの中には若干の余裕が。
と思った瞬間、テーブルの上にカゴが置かれる。その中には、こんがりと焼かれたパンが、山のように積まれてた。
「わ。レンさん、食べていいんですか?」
「うひょー。よっしゃあ、喰っちまえー!」
あ、と油断した隙に、両手にロールパンを鷲づかみにするサン。負けてたまるか! もぎゅもぎゅ、むしゃむしゃ。
普段なにも食べてないんじゃいか、てくらいの勢いのわたしたちを、レンさんはかすかな微笑を浮かべて見回してる。彼女の優しい視線があれば、いくらでも食べられそう。もしかすると、それがレンさんの魔法なのかも。
それから十分。パンの争奪戦は、学校に遅刻しかけたサンの不戦敗となるまで続いたのでした。
おしまい。
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