井田真木子、著『プロレス少女伝説』,あの頃の「今日的な事件」

 井田 真木子さんの『プロレス少女伝説』は、主に。1983年頃から1989年頃にかけての、日本の女子プロレス・シーンの動向を描いたノンフィクション。
 この作品(フィクションではないけれど作品だ)は、ノンフィクション・ノベル、と呼ばれるタイプの文芸の力作だ。
 4人の女子レスラーを相手にした、長期取材が主材料にされている。例えば、各レスラーの経歴なども取材を元に再構成されているので、細かく見れば、前記の時期からはみ出している話題も含まれている。

 主に扱われる1983年~1989年は、時として「第3次女子プロレス・ブーム」と呼ばれる時期。
 世間的には、日本がバブル景気に入ろうとする直前の数年間から、多くの人々に唐突と受け止められた崩壊に至った直前の時期に及んでいる。
(「バブル景気」は通説的には、1986年の年末から、1991年の初頭にかけてを指して、1990年代後半頃から呼ばれるようになった)

Cover image

『プロレス少女伝説』の単行本は、1990年に刊行され、文庫版は1993年に刊行された。どちらも、現在は、手に入りにくくなっているみたいだ。
「第3次女子プロレス・ブーム」に興味がある人なら、図書館で探してでも読むといい、とお勧めしたい。きっと、面白く読めるでしょう。

 けれど、このレヴュー記事では、あえて、「第3次女子プロレス・ブーム」と言った、女子プロレスの歴史には、あまり関心を持てないかもしれない人向けに、内容を紹介してみたいと思う。

 著者は、女子プロレスについて、「その実体については無知同然」だったけれど、1983年頃「観客席で繰り広げられていた、ひとつのダイナミックな変化」について、記事を書こうとした。「ローティーンの女の子向け雑誌に、女子プロレスラーへの取材記事企画を私〔著者〕のほうから編集者に持ちかけた」と、冒頭に記されている。
 ここで言われている「ひとつのダイナミックな変化」とは、長与千草とライオネス飛鳥のペア、クラッシュ・ギャルズへの、少女たちの熱狂的な支持のことだ。

 こんなふうに、井田 真木子さんの書かれたノンフィクション・ノベルには、ローティーン向けの少女雑誌や、女性誌といった、硬派ではないメディアでライターをしながら、息の長い取材を元にして編みなおされた作品が幾つかある。
同性愛者たち もう一つの青春』もそうなら、『プロレス少女伝説』もそうだ。
『プロレス少女伝説』について言えば、プロレス専門雑誌で著者が発表したインタヴューなども利用されている。

 井田 真木子さんは、ノンフィクション・ノベルの力作を幾つも公表されている。
『プロレス少女伝説』は、大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作だし、『小蓮の恋人』は、講談社ノンフィクション賞の受賞作だ。
 けれど、いわゆる硬派のメディアではない雑誌での取材を材料にして、かつ、雑誌記事には盛り込み切れなかったと思える取材内容も使って、読み応えのある作品に編む。
 これが、井田さんの作品の魅力になっている。

 今風の言い方で言えば「生活者の視点」から離れない、というのが魅力の1面。
 もう1つの魅力も「生活者の視点」から離れないと、関係している。
 アタシなりに言えば、「当事者の代弁者にはなり切らない」魅力。
 代弁すべきコメントは代弁するけど、井田 真木子と言う人が感じた違和感も、配慮の末と思える語り口で記される。

 2番目に挙げた魅力は「ノンフィクション・ノベルなら当たり前ではないか」と、思う人もいるかもしれない。
「ノンフィクション・ノベル」の最小公倍数的な定義は、あるいは「小説仕立てで書かれたノンフィクション」。
 けれど、最大公約数的な定義は、例えば「1人称小説のように、取材者が1人称で語るパートが、作品の重要な構成要素としてあるルポルタージュ、あるいは、ノンフィクション」だろう。だから「当たり前ではないか」、と思う人がいるだろうことは、予想できる。
 そして、ノンフィクション・ノベルの形式だけが満たされていて、取材者と、被取材者との間のディス・コミュニケーションや、摩擦については、作品から綺麗に隠蔽されてると思えるようなルポルタージュは、そう珍しいものではないと思う。

----

「〔前略〕日本に慣れてくるにつれて、後輩が先輩に絶対服従したり、先輩が後輩を顎で使ったり、そういうこと全般を、日本人はけして嫌がっていないことはわかったわ。後輩たちも、そんなふうに扱われることを、完全に嫌がっているわけではないもの。〔中略〕
〔前略〕ね、日本人にとって、ああいう行為というものは、つまるとこそういうものなんでしょ?」
 こう問いかけられて、私は返答に窮した。その表情を見て、彼女は珍しく、自分のほうから目をそらせる。

 上の引用は「ガイジンたちのプロレス」と言う章から引いた。
「私」は、取材者の井田真木子。取材の相手は、渡米した長与千種との試合をきっかけにして、個人契約で日本の女子プロレスリングに上がった、アメリカ人レスラーだ。

「〔前略〕つまりね、千種と手を合わせた瞬間、私たちは深くわかりあえるという感覚的な確信が生まれたのよ。〔中略〕
 そのときのリングは、今までに、まったく経験したことのない空間だった。そして、そのとき、私はふと、以前に、友人に見せてもらった日本の女子プロレスのことを思い出したの。ああ、これなのね、と私は思い出した。そのビデオを見たとき、自分が衝撃を受けたことも思い出した」

 このように語られた試合経験をきっかけに、所属していたアメリカの団体をやめることになった女子レスラーは、インタビューの時点で、日本のリングに長期招聘されて、断続的にあがっていた、そうした経緯が描かれている。

 そして、本編の巻末に収められた「彼女たちのいま」では、次のように、同じレスラーの言葉が記されている。

「初めて日本にやってきたとき、この国は、私にとって、ただ通りすぎていく国だったと思います。日本は、自分にとって通過する点でしかなかないと思ったわ。でも、思ったより、この国とのつきあいが深くなり……日本は、私の一部になっていった。いつか、日本を愛するようになるだろうなんて、想像したこともなかったけど、今は、いくつかのトラブルがあっても、この国を愛している自分を、ふと感じることがあるの。
 だから、日本人が、私の前に、これ以上は入らせないという壁を作っているとしても、私は、それによって傷つかないわ。私は、その壁によって変わらないし、壁があることが自分の敗北だと思わない。それは、この国が、すでに私の一部だからなのよ」

 いかにも、アメリカ人らしいと思える考え方が、率直に語られている。アタシは、好ましい考えだと、思う。

----
 取材された4人のレスラーの内から、1人に絞って引用したのは、レヴュー記事として、分量的な限界を考えてのことだ。
 止むを得なかったとしても、作品内容について、偏った印象を与えすぎたかもしれない。

 他に、主要な取材相手とされているのは、長与千種、柔道から転向してきた神取しのぶ、それと、海外残留日本人2世で、日本で暮す事になったレスラーが1人。
 引用した箇所以外にも、当時の女子プロレスの動向が、取材されたレスラーの肉声と、取材者の1人称とで織り成されている。
 そうして構成された当時の女子プロレスの動向は、とても多面的で複雑な動きだ。
 書かれた事だけが全てではない。けれど、読めば、書かれている事よりも、さらに複雑な動向があっただろうことは窺える。アタシ(紹介者)が、「優れた文芸作品」と断定する所以だ。

 全編の「あとがき」を、著者は「女子プロレスを合理的に説明するのは難しい」と書き出している。
「女子プロレスラーも、合理的な理解になじまない」とすら書いている。「彼女たちは、なぜプロレスラーになるのか。/金銭的な理由がすべてではない」と続けられている。

 そして「私は、女子プロレスを一般社会と遊離した現象とは思わない」とも記されている。

 彼女たちのような“異邦人”が、女子プロレスという小さな因習の世界に飛び込んだことは、それ自体が今日的な事件ではないのか。私はそう考える。彼女たちは、自分の責任ではなく。不合理な生を生きることを余儀なくされた。その内面の不合理が、女子プロレスの大きな不合理と響きあい、結果、彼女たちを渦中へ引き寄せたと考えられなくもない。
 いずれにしても、彼女たちは、それと闘争することを選んだのだ。

 手元の本では、「あとがき」の末尾に、1990年8月と、記されている。単行本が刊行されたのは、1990年10月のことであるようだ。

 4人の女子レスラーが、当時の女子プロレスの世界に飛び込んだことが、著者の考えるとおり「今日的な事件」だったかどうか。それは、読者のそれぞれが、判断した方がいい事柄だろう。

----
 さて、「あとがき」で言われている「今日的」と言うのは、もちろん「1990年当時」と言う意味です。
 1990年8月と言えば、バブル景気が崩壊したとされるタイミングの半年前。世間がいよいよ浮き足立っていた時期だと思います。
 ご他聞にもれず、アタシも、当時は浮き足立ってたと思う。

 昨今、「バブル期」と言うと、「空虚な」といった修飾が定型句のように使われ、お約束のようになっていると思います。
 もちろん、こうしたお約束が共有されるに至った理由は、わかる。わかりすぎるくらいです。

 けれど、アタシとしては、あの時期に日本の社会で起きた様々なことが、すべて空虚だったのか? と、問いたい。
 言い換えれば、何がどこまで空虚だったのか? と、問いたい。
 こんなふうに、今、問いたい人には、『プロレス少女伝説』をお勧めします。
 あるいは、「社会の動態構造が、空虚な運動に邁進していた、そういう時代だったんだ」的な意見もあるかもしれません。つまり、丸ごと空虚だったんで、何が空虚で、何が空虚でなかったか、問うこと自体に意味がない、って意見。
 だとしたら、あの時期に空虚ではないかに思われた個別の運動の、どこにどんな無理や限界があったのか?
 例えば、こういった問いを立てたい人にもお勧めします。

====
井田 真木子,『プロレス少女伝説 新しい格闘をめざす彼女たちの青春』,かのう書房,Tokyo,1990.
ISBN 不詳
(ISBNコードは、なかった時期の本かもしれません?)

井田 真木子,『プロレス少女伝説』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,1993.
ISBN 4-16-755401-1

この記事へのトラックバックURL:

http://drupal.cre.jp/trackback/579


この記事をブックマーク

人気コンテンツ