『歴史群像No.81』

 今月もまたよみどころ多し。

●『国産プロペラ物語』野原茂

 日本の戦闘機におけるプロペラについては、前々からいろいろな話を小耳にはさんできた。

 曰く――
「戦後にハミルトン社に戦争中に使ったプロペラ技術の使用料を払おうとしたら、そんな古い技術なら100ドルくれればそれでいいとか言われた」

 曰く――
「アメリカ軍が接収した日本の戦闘機に、自分のところのプロペラをつけて飛ばしてみたら最高速度や上昇速度がぐんと上昇した」

 これらのエピソードの真偽はともあれ、日本のプロペラ技術が遅れていた印象は抱いていたのである。
 だから、黎明期からのプロペラ開発の流れが簡潔にわかりやすく書かれたこの記事は私にとって願ったりであった。

 同じ2000馬力級エンジンを持つ英米の機体と並べると、日本の四式戦『疾風』はやけにプロペラがちっちゃい感じがあった。プロペラは小さい方が機体も低く軽くできるのだろうが、この記事によると、やはりエンジン出力のロスが大きかったらしい。

 そういや、今のエアレースなんかに出てるのもみな、プロペラはでかい印象があるなぁ。いや、確かにでかいほうがカッコいいのだが。

●『真説 加藤清正中西豪

 加藤清正といえば騎馬武者で虎退治である。
 聖杯戦争にサーバントとして召還されたときにはランサーがぴったりだろうが、彼が一軍を率いる武将として活躍した朝鮮役での陣立て史料をみると意外な数字がある。

「高麗国出陣武者分備定」
 部将格の武士:150
 寄騎:578
 鉄炮衆:1820
 弓:256
 忍:10
 陪臣、下僕、浪人衆:9790

 ここには当時の主力兵科である長鑓衆(長柄衆)の編成が記されていない。
 何か理由があって書かなかったのかもしれないが、中西さんはこれはむしろ、清正隊は鉄炮衆を主力にもってきたせいではないかと分析されている。なお、武士や寄騎などは騎乗であるが、清正は彼らに短い馬上筒の装備を義務づけている。

 ちなみに数の上での主力は直臣(会社でいうと正社員)ではなく、陪臣(会社でいうとパートやアルバイト)である。

 おそらくは長鑓なども含まれるだろう陪臣について兵科が記載されていないのは、詳しいところまで把握できていない=編成未了ということで、これではいかに数があっても頼みにするには心許ない。朝鮮役のために出陣した加藤隊の実態とは、寄り合い所帯めいたものであったのかもしれない。

 だからこそ、火力支援を重視し、未熟な鑓衆が無理をしないでも戦えるように鉄炮の比率を高めたとも言える。

 なお、その火力支援であるが、蔚山城の戦いにおいては清正隊の火力が籠城を成功させた大きな要因と言われている。

 どのぐらい撃ったかというと、清正の家臣加藤大助は従者4人に鉄炮2挺を交代で装填させて1日に280発を発射しているという記録がある。記録にあるくらいだから、まあ、撃ちに撃ったのであろう。

この記事へのトラックバックURL:

http://drupal.cre.jp/trackback/59


この記事をブックマーク

人気コンテンツ