石田衣良、作『サンシャイン通り内戦』(『池袋ウエストゲートパーク』所収)
『サンシャイン通り内戦』は、石田衣良さんの作品集『池袋ウエストゲートパーク』に採録された4作のラストを飾ってる作品。
『池袋ウエストゲートパーク』は、同名のシリーズの1冊めの作品集で。『サンシャイン通り内戦』は、文庫版本文の半分弱ほどを割かれた、堂々の中篇だ。
2000年に放映されたTVドラマ『I.W.G.P. 池袋ウエストゲートパーク』では、『サンシャイン通り内戦』を原作にしたドラマが、終盤数回分の放映エピソードにあてられて、TVシリーズのクライマックスを盛り上げてた。
『サンシャイン通り内戦』は、良くも悪くも「池袋ウエストゲートパーク」の印象を、強く印象付けた物語のような気がする。
もちろん、TVドラマと小説版とは別の作品。
ここでは、小説版未読の人を想定して、不必要なネタバレは避けながら、読みどころを紹介してみたい。
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『サンシャイン通り内戦』では、池袋のストリート・ギャング、Gボーイズと、ストリートの新興勢力レッド・エンジェルズとの抗争を背景に、主人公で語り手キャラのマコト(真島誠)が抗争を沈静化しようとする様子が語られる。
ボランティアだけど大掛かりなトラブル・シューティングだ。
このトラブル・シューティング、マコトは特に誰かに依頼されて乗り出すわけではない。だからボランティア。
マコトへの期待は少なくないし、向こうから来たきっかけは掴んでいくんだけどね。
この物語では、ボランティアを買って出るマコトの動機に、無理は感じられない。マコトがやることは、際どいとこもあるんだけど、動機はとてもよくわかる。
「あなたはタカシくんの友達だから、Gボーイズの一員なのね」
加奈は8ミリビデオをおれにむけたままいう。
「いいや。おれは赤でも青でもない。ただの果物屋の店番だ。やつらの内戦とはなんの関係もない。だけど、好きな色のTシャツも着れないなんて頭にくる。去年の今ごろ池袋はこんなふうじゃなかった」
〔後略〕
赤とか青とか言うのは、物語内の池袋のストリートで対立する2勢力、それぞれのシンボル・カラー。
加奈(松井加奈)は、フリーのビデオジャーナリスト。ストリートでの“内戦”を取材しようと池袋にやって来た。「夏みたいに暑い五月終わりの夕方」、池袋警察署少年課の吉岡刑事に紹介された、と言ってマコトの元に押しかけてくる。
「あんたはこの街でなにがやりたい?」と聞くマコトに、加奈は応える。
「どこかでおかしなことが起こっていたら。私はそれを大勢の人に知らせる。それが仕事なの。それでみんなの注意が集まり、事態はよくなるかもしれない、変わらないかもしれない。私にはそこまではわからない〔後略〕」
「伝えることで悪くなるなるってことは?」と尋ねるマコト。
「もちろん、それもある。でもねマコトくん、私たちは目の前で起きていることに目をつぶり、口を閉ざしてはいられない生きものだよ〔後略〕」と応じる加奈。
おれはちいさなカール・ツァイのレンズをのぞきながら考えていた。この女はおれを利用するだろう。だが、取材なら両陣営を自由に行き来できる。俺も和平工作のためにこの女を利用する。それで十分じゃないか。
マコトは、「ひとつだけ約束してくれ。興味本位でこの街をいじらない。それに、ガキどもを血の色が好きなケダモノではなく、人間として扱うこと」これを条件にして、加奈の言う「ジャングルクルーズのガイド」役を引き受ける。
「なあいいか、マコト。警察でもいつまでもガキの戦争に甘い顔はしていられない。こんなことが続くと街を歩くすべてのガキに職質をかけてご同行願うなんてことになりかねない。エライさんの間では強硬論も出てるんだ。おまえはタカシの親友だ。この戦争を収めるためにおまえから口を聞いてくれ。あの京一というガキにもな。松井さんの仕事も、しっかりやるんだぞ。おふくろさんにはおれから電話入れといてやる」
吉岡は勝手にそれだけいうと加奈に会釈して歩いていってしまう。〔後略〕
少年課の吉岡刑事のセリフは、加奈とマコトが組んだ最初の取材の時のもの。マコトが加奈のガイド役を引き受けて1時間も過ぎてない頃と思える。
マコトは13歳の時から、吉岡刑事にあれこれお世話になってる(中篇『池袋ウエストゲートパーク』)。『サンシャイン通り内戦』の、「語られた今」の時点では6年越しの付き合いってことになるはずだ。
マコトの幼馴染で、年上の友人だった「礼にい」こと、横山礼一は、「なあ、マコトおれたち組まないか」と言う。マコトが加奈と始めて会って組んだ、同じ日の夜のことだ。
礼にいは、東大文Iをでた後、四月から池袋警察署の署長に赴任したばかり、とマコトに近況を伝える。
マコトは、礼にいが隠れ家的に使ってるらしい、ひかり町のラーメン屋の2階にある「ビールとバーボンだけ」の「細長い店」に連れていかれて。「ここでは署長って呼ぶなよ」と言われる。
「ひかり町」は、池袋駅からサンシャイン60に行く手前で右手に折れたあたりに、今でも残ってる「古いサテンやこまかな飲み屋がびっしり並んだ横丁」だ。
「無事に勤めあげるだけなら警務や総務のポストも空いていた。だが官僚として組織を動かすより、直接市民の安全を守る仕事のほうが警察らしくないか。単純だけどね」と言う礼にい。
だけど、今してるのは「対外的な折衝。報告の吸いあげ」、それと「時間があるときは」少年問題の論文を書いている、とも言う。
“あきれた。評論家になってるのか”、と、思うマコト。
「ただの数字あわせでシヴィルウォー〔内戦,紹介者補記〕に手を出すと痛い目に遭うよ」
〔中略〕
「いいアドヴァイスだ。池袋署にはおれにそんなことをいうやうはひとりもいない。なあ、マコト、おれたち組まないか?〔中略〕おれに届く情報は上にあがるたびにこぎれいに濾過されて、現場の熱がまるで伝わらなくなってる。おれにはストリートで実際に起きていることを知らせてくれるクールな目ととがった耳が必要なんだ」
その時、店に入ってすぐに礼にいがリクエストした曲がかかる。
“おれと組んででかいヤマを踏まないか”って『タンブリング・ダイス』を歌うミック・ジャガーの声を聴いて、マコトは「思わず笑ってしまう」。
“いい演出。人の心をたらすのがうまいやつって確かにいるよな。目の前にもひとり、笑いながら計算してるやつがいる。ちっとも嫌味じゃなかったけどね。でも、池袋警察署長というカードは、いつかおれの切り札になることがあるかもしれない。”
「わかったよ、パートナー。どうすればいい?」
吉岡刑事、刑事に紹介された加奈、幼馴染の礼にい、こと、横山署長は、それぞれマコトのことを、ストリートの事情通として評価してる。ただ、吉岡は言わば顔役の馴染み、って面に期待。加奈は、ストリートの危険と安全を見極める案内役として期待、横山署長は、情報屋的なパートナーとして期待と言ったとこ。
「好きな色のTシャツも着れないなんて頭にくる」ので、なんとか「和平工作のために」動く気になってたマコトは、それぞれの相手の期待には応える代わりに自分の思惑に、相手も利用するつもりでいる。
これは、実は際どい関係だ。金銭を差し挟まない、信頼を拠りどころにした取引関係。
「勝手にそれだけいうと加奈に会釈して歩いていって」しまった吉岡は、勝手にマコトに期待してるだけだけど。ストリートの“内戦”は、そんなマコトの交友関係(友人関係)で、両陣営のヘッドに話をすれば収まるような事態ではなかった。
吉岡刑事だって、それはわかってるから、加奈を紹介したんだろうし。一方的に話すと「歩いていって」しまったんだと思うけどね。
「それでマコトくんの報酬なんだけど、どうすればいいかな」
「金はいいんだ。いい作品をつくってくれよ」
その代わりおれはおれの考えで動くとはいわなかった。加奈は軽く驚きの表情を浮かべ、一拍おいてにっこりと笑う。悪くない笑顔。
「それじゃだめだよ。仕事なんだからなんて、私はいわないよ。ほんというと今けっこう苦しいから。だけどこのドキュメンタリーがお金になったら必ず配当するわ〔後略〕」
小説版の真島誠は、シリーズを通じて、池袋の街のトラブル・シューターとVigianteの間を揺れ動くような一面を見せていくことになる。
(“Vigiante”は、今のところ日本語に訳しづらい、強いて言えば“Vigiante”は、「警戒する者」とか、「ワンマン自警団」とか、あるいは「自発的ボランティアの夜警」とか。あるいは、日本で言う「夜回り」は、かなり“Vigiante”的だ)
作品集『池袋ウエストゲートパーク』の採録作では、その後の小説展開にも通じてるマコトの基本的スタンスが、少しずつ固められてきた。巻末に収められた『サンシャイン通り内戦』では「ボランティアなストリートのトラブル・シューターだけど、際どくVigiante的に振舞う事もなくはない」マコトのスタンスが、もう一度、丁寧に描き出されてる。
こうしたマコトのスタンスは、実は際どい。
立場的に際どいから、物語はスリリングになってるので。立場の際どさを舐めるように読んでくと面白い。
例えば、クライマックスに入る前、加奈は、マコトに「お金はいらないっていったときから、おかしいなと思ってたよ」と言う。
あるいは、クライマックスで、横山署長は、マコトとあきれたボーイズの仲間の企てに横槍を入れそうになる。「おれにだって、できることとできないことがあるんだ」って言って。
他にも、Gボーズのヘッド(リーダー)のキング、ことタカシ(安藤崇)や、池袋をシマにしてる暴力団トップ3には入る関東賛和会羽沢組の組員サル(斉藤富士夫)など、それぞれの期待をマコトに寄せていくキャラは多い。
色んな立場から、色んな期待を寄せられて。それでもマコトは「おれの考えで動く」。
『サンシャイン通り内戦』は、そんな物語ではある。
ただ、マコトは、際どくVigilante的に振舞っても、Vigilanteには成りきらないで踏みとどまる。
「俺が掟だ」とかは言出ださない。
言わないだけでなくて、その手の振る舞いは、シリーズを通しても、極力避ける。そこがいい。
「ねえ、なぜあなたたちのところに、ちいさな子どもまで集まってくるのかしら」
これは、加奈とマコトが組んだ翌日に、レッド・エンジェルズのカリスマ、京一にインタヴューしたときの加奈の質問だ。
マコトは“その答えはおれでもできる”、と思う。
京一は「顔から感情が消されて」質問に答える。「ガキどもにはモデルがない。身近なところに目標になる大人がいないし、夢も見せてもらえない。おれたちはモデルと絆を用意する。自分が必要とされている充実感、仲間に歓迎を受ける喜び。規律と訓練。今の社会では得られないものを、力をあわせて見つける」。
“その答えはおれでもできる”、と思うマコトは、京一の言いたいことを理解はできてるわけで。
でも、自分は「一般市民」だと言うマコトは、レッド・エンジェルズにもGボーイズにも距離を置く。
例えばマコトは“おれには王様は似合わない”と思ってる。
だって王様はいつだって裸だし。ひとりぼっち。家来はダチとは言えないだろ。
『サンシャイン通り内戦』を読んでると、マコトのことをよく分かってるキャラほど、細かな事は言わずに、マコトのことを放っておいて、やりたいように好きにさせてる。そんなふうにも読める。
(タカシはマコトの高校時代からのダチで、サルは中学時代の級友だった)
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『サンシャイン通り内戦』は、文庫版で本文353頁ほどの作品集『池袋ウエストゲートパーク』の内、144頁ほど。4割強を占めてる。分量は多いし、登場人物も多い。
ストーリーのメイン・ボディだって、「今では伝説になってる〔去年の〕大晦日」から、七月半ば頃まで及んでる。時期決定不能のエピソードまで含めると、もっと先まで及んでるようにも読める。
つまり、内容の量も多い。
(ちなみに、『サンシャイン通り内戦』の「語られた今」の概ねは、採録作品中で背景年代の特定が一番きっちりできる『オアシスの恋人』の「語られた今」と同じ年であるはずだ)
紙数も内容も多いだけでなくて、たくさんのサブ・プロットが、結構複雑に編まれてる。抗争の経緯と、その決着だけに注目すれば、グングン読まされるので、シンプルな物語に思えるけど。
細かく読めば、結構いろんな糸が脇から絡んでて、全体の絵柄を編み上げてる。
だから、読みどころはたくさんある。
ここでは、ストリートでのマコトのスタンスに焦点をあてて、幾つか読みどころをつまんでみた。
ほかにも、読みどころはいくつもある。
例えば、マコトと加奈の関わり。
ボランティアの使命感と、プロ・ジャーナリストの使命感が、恋愛関係を触媒にして短期間に深い関わりになる。典型的な恋愛関係が、恋愛以外の要素も関わって成り立つ様子が語られる物語はおもしろい。
だいたい、小説版のマコトは、深く付き合った異性の影響を、結構受ける奴みたいだし。
深く付き合った相手の影響を受けない奴なんか、いるもんかしら? とも思うけどね(笑)。
後、「私、マコトくんは今のままじゃもったいないと思うんだ」、と言う加奈が「いいきっかけになるかもしれない」と、ストリート系ファッション雑誌のコラム・ライターの機会をマコトに紹介するのも『サンシャイン通り内戦』での事。
この関連も、マコトのキャラを読み解いてくには、結構重要な読みどころだし。後々の小説展開でも、ポイントになる。
だけど、その話を整理するには、又、別の作文をする必要がある。
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書誌情報:
石田 衣良,『池袋ウエストゲートパーク』,文芸春秋,Tokyo,1998.
ISBN 4-16-317990-9
石田 衣良,『池袋ウエストゲートパーク』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2001.
ISBN 4-16-717403-0
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