「橋の上の幽霊」ネタバレ・チェック(奥瀬サキ、目黒三吉、『低俗霊DAYDREAM』4、所収)
「橋の上の幽霊」は、マンガ『低俗霊DAYDREAM』(原作、奥瀬サキさん、漫画、目黒三吉さん)を構成する1エピソードで、48頁。4巻に採録されている。
このエピソードには、メイン・プロットの主役である崔樹深小姫は登場しない。
「口寄せ屋」である舟越さんの「対策」を主筋にした物語だ。
ここでは、舟越さんの「対策」を手がかりにして、『低俗霊DAYDREAM』で描かれてる「口寄せ屋」の描写について、少し検討してみたい。
この記事では、必要に応じたネタバレは避けません。
と言って、ネタバラシ自体を目的にした作文を公開するつもりではありません。
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『低俗霊DAYDREAM』の主人公、崔樹深小姫は、物語内で「口寄せ屋」と呼ばれている。
「口寄せ」は、普通は霊能者が、霊を呼び降ろして(呼び降ろしたとして)、霊の言葉(異言)を語って聞かせる、憑霊型のパフォーマンスを指す。憑霊型シャーマニズム、あるいは降霊型シャーマニズムのパフォーマンスの、日本語での代表的な呼称の1つ、と言っていいだろう
けれど、『低俗霊DAYDREAM』の作中で用いられる「口寄せ屋」には、もうちょっと独特なニュアンスがつきまとっているような描写が散見される。
その「独特なニュアンス」は、1つには、メイン・プロットの主役である深小姫が、しばしば、東京都環境局生活対策課からの依頼を受けて「対策」をおこなうことによる。具体的には、生活対策課に寄せられる「忌物苦情相談」なる業務の処理(「犬神」,8巻)に、外部スタッフとして、しばしば有償協力してる「口寄せ屋」が、深小姫や、舟越さんだ。
外部スタッフとして「口寄せ屋」に依頼をするのは、東京都庁でも、環境局生活対策課だけではない。
6巻から7巻にかけて展開されるメイン・プロットの1部(「胎霊」)では、東京都庁住宅局と関係の深かった「口寄せ屋」双葉省吾さんの「対策」も描写されている。
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「橋の上の幽霊」では、生活対策課と関係を持つ「口寄せ屋」舟越さんの「対策」が描かれている。
舟越さんを伴って「羽田鉄工団地」を訪れた惣一郎(柧武惣一郎)と、鉄工団地で働く人たちの会話からは、京和橋の上で目撃される幽霊の「対策」が、生活対策課に申し込まれたのだろう、と察せられる。
「京和橋」は、東京都大田区の京浜島と昭和島との間で、大田市場平和島京浜運河に架けられている橋だ。「羽田鉄工団地」は、京和橋から遠からぬ、昭和島の1/4ほどを占めている大田区の工業地域。
作業着を着ている藤崎さんは「私は/見てないんで/半信半疑/なんですけど」「この二人の他にも/何人か見たと/言ってて もっぱら/この辺で噂になってまして」「この前なんて/気をとられた/ドライバーが/事故っちゃって」「真偽はともかく/なんとかせにゃ/ならんので」「相談させて/もらったんですわ」、と語る。
セリフの中で「この二人」と言われているのは、ドライバーの清水さんと、事務の国友さんだ。
藤崎さんたちに京和橋の上へ案内された惣一郎と舟越さんは、「現場」を見ながら、清水さん、国友さんの説明を聞く。相談の背景説明を聞いたさらに後、京和橋の上を、キャスター・バッグを引きづった女の幽霊が通りすぎていく。
この通り過ぎていく幽霊のシーンの後、舟越さんは、惣一郎に告げる。
「きょ/きょうりょくしゃは」
「ひゅ----/
おんなのこいびと/だった とつか という」
「ひゅ----/
おとこが/てきとうと/おもわれる」
続く舟越さんのセリフを読むと、舟越さんは、女幽霊の言葉を聴き取り、そこから「対策」の「協力者は、女の恋人だった戸塚という男が適当と思われる」と判断したらしいことが察せられる。
と、言うのは、女幽霊が、橋を通り過ぎていく場面では、幽霊のセリフも、舟越さんと幽霊との会話も記されていないからだ。
読者は、前後の描写から察するしかない。
舟越さんは異相のキャラだ。
普段、大きな耳隠しのついた狩猟帽を目深に被り、大きめのマスクで顔面を覆っている舟越さんは、マスクを外すと、重度の皮膚病か、あるいは老衰かわからないような顔立ちをしている。
舟越さんは、明らかに小柄なキャラクターなので、帽子やマスクもサイズ自体が大きいのではなくて、舟越さんが着けると大きめ、ということのようだ。一見、子どものようにも見える大きさで、痩せた体躯の舟越さんは、異相もあって、年齢も不詳。
あるいは、何かの病に侵されているのか(?)、はたまた、体格も病と関係しているのだろうか(??)などなど、読者の妄想を刺激するキャラだ。
息継ぎの音や、すべてが、かなで記されたセリフは、もちろん舟越さんのセリフの聴き取りづらさ、舟越さんの発声の困難さの表現だ。
この通常の会話にハンディキャップを負っている「口寄せ屋」の描写は、意味深だ。
例えば、普通人のコミュニケーションが困難だろうことは、わかる。けれど、ここでは、その件は置いておきたい。
1巻のカバー表紙側袖に記された、作者からのコメントと思われる短文には、次のようにある。
この世界には二つの見方があります。生者と死者の「目」です。稀にこの二つの世界を自由に行き来できる者がいます。
その内の一人の小娘が崔樹深小姫です。
彼女は私たちの知らない、もう一つの世界を「目」で見て「口」で伝えてくれます。
そんな彼女のような者を、人々は口寄せ屋(くちよせや)と呼びます。
ここで、京和橋の上で現場見聞をしている一行の脇を、女幽霊が通りすぎていくシーンを、もう1度見てみたい。
4巻のP.90~96。このシーンは、怪談物語のしっかりしたマンガ表現で、読み応えがある。
時間は日中。空は一切の明暗処理が省かれた白。遠景の工場街やビル、道路などの明暗が手堅くトーン処理されているので、雲一つ描かれていない空の白さが、目立つ。
“……普通の人に/見えちゃうなんて/よっぽどタチの悪い/お化けなんだろう/なぁ~~~~~~”などと、考えていたお化け嫌いの惣一郎は、はっと気づくと、他の一行を置き去りにして1人橋の歩道を数m先に進んでいた。
「いや/この人が急に/立ち止まって」「そっちの方を/見たまま--」と藤崎さん。
歩道を歩いていたら、急に舟越さんが立ち止まったので、惣一郎以外の一行も立ち止まった、と言うのだ。
この後、近くに誰もいないところで“ドンッ”と記された擬音と共に体勢を崩す惣一郎が車道に倒れ、危うくバスに轢かれそうになる。そして、橋の向こう側から、キャリー・バッグを引きずった女幽霊が進んでくる。
P.94-95の見開きは、進んでくる女幽霊、佇んだままの舟越さん、舟越さんの脇を通り過ぎていく女幽霊と言った描写で、とても緊迫した見開きだ。
このシーンで、女幽霊の姿を見ているのが舟越さんだけなのか、それともその他の一般人も幽霊の姿を目にしているかが「読者には決定不能」なように慎重に描写されているからだ。
アタシ(紹介者)は、多分、このシーンでは、女幽霊の姿は舟越さんの目にしか映っていないのだろう、と思う。けれど、ここは「確かな事はどちらともわからない」描写として、緊迫感を味わうシーンだ。
女幽霊の姿は線描で描かれ、陰影はあまり多くないハッチング(かけ網も含んだ細線処理)のみ。きっちりトーン処理された背景画の上で、幽霊とその持ち物だけが切り抜かれたような効果で描かれている。
体が半透明のように透き通るような処理がされていないだけに、背景から浮いているような、幽霊の非・存在感が、不思議な怖さだ。
アスファルト歩道の上でキャリー・バッグを引きずる“ゴロ”“ゴロ”“ゴロ”と言う擬音が記されている。
この擬音と、先に惣一郎が体勢を崩した時の“ドンッ”という擬音は、楕円形の、吹きだしならぬ吹きだしで囲まれている。
言うまでもないけれど、「吹きだし」は、引き出し状あるいは矢印状などの図形を引いて「どこから発せられた音か」を示すから「吹きだし」なのだ。
引き出し状のパートを記されていない吹きだしは、「どこから発せられたか判断しがたい音」を示唆する。あるいは、そのように聞こえる音の描写だ。
女幽霊と舟越さんが通り過ぎる直前の場面では、2体のキャラの間の空間に、欄干を背にした惣一郎以外の3人のキャラが描かれている。3人は、見開き直前の93ページで、発声に不自由な舟越さんの手振りを見て、何事かはわからず、ともかく欄干際の端に身を寄せた。そのまま固まったような3人の様子が描かれている。
3人は、ほぼ同様な立ち位置とポーズでの構図が、別々のコマで断続的に繰り返して描写されているので、「そのまま固まったよう」と思える。
女幽霊と舟越さんとの間に3人が構図設定されてるコマでは、3人の視線は、バラバラのようにも見える。
前後のコマと続けてみると、どちらかと言えば、身じろぎもしない舟越さんの様子を見つめ続けている、ように思えるけど。少なくとも、もんだいにしてるコマで、女幽霊の方に視線を向けている可能性があるのは、眼鏡の陰で視線が定かでない国友さんだけだ。
そして無音の3コマをかけて、舟越さんの脇を通っていく幽霊が描かれ、3コマめのロングでは、舟越さんの羽織ってる外套の肩に大きなフナムシが一匹止まっている様子も小さく描きこまれてる。
続くP.94-95の見開きの左下コーナー(P.95側)は、横長のコマ3コマが、断ち切りスペースに縦3連に配置されている。1コマめで、手袋をした手を肩にやる舟越さん。2コマめで、大きなフナムシを掴んだ手袋のアップ、3コマめで、フナムシの大きさに驚く一般人3人のセミロングが、続く。
「…………」「でか・・・」「ひっ…………!」と言うのが、“ゴロ”“ゴロ”“ゴロ”と言う「どこから聞こえたのか定かではない音」を除くなら、見開きに記された唯一の音だ。
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P.94-95の見開きに焦点を置いて、舟越さんの描写を見ると、次のようなことが言える。
『低俗霊DAYDREAM』で描かれる「口寄せ屋」が、霊的存在の言葉を聞くとき、そのやりとりは一般人の耳には聞こえない事もある。
場合によっては幽霊の姿が「普通の人に見えちゃう」こともあるのだから、その言葉が、普通の人に聞こえちゃうことだってある。実際、別のエピソードでは、幽霊の言葉を「口寄せ屋」以外のキャラが聞き取っているような描写も見られる。ただ、そうした描写が、「口寄せ屋」のような霊能(幻視)によるものなのか、あるいは、もっと当たり前な錯乱状態での錯覚なのか、それとも、傍に第三者が入ればその人に聞き取れる、実際に聞こえる音なのか、実は定かでない。
霊的存在を描いた怪談物語なのだから「定かでない」のは当たり前かもしれない。
けれど、「定かでなさ」を丁寧に慎重に描写してる作品は、無いとは言わないけれど、そうは多いとも思えない。
この記事で拘った「幽霊が通り過ぎるシーン」などは、幽霊と「口寄せ屋」の脇に第三者としての普通人を置いて、「一般人も幽霊の姿を目にしているか」「読者には決定不能」なように慎重に描写することで緊迫感を演出した名シーンだ。
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そして、「普通の人に見えちゃう」こともあっても見えないこともある、一般人の耳には言葉が聞こえない事もある幽霊に関する苦情を受け付けるのが、例えば生活対策課の「忌物苦情相談」なのだ、と知れる描写になっている。「忌物苦情相談」って用語の初見は、8巻に収められた「犬神」だけど。
「橋の上の幽霊」では、「真偽はともかくなんとかせにゃならんので」、幽霊云々は「半信半疑」だけど「相談させてもらったんですわ」、ってセリフもある。
この辺が、生活対策課の「忌物苦情相談」や、「口寄せ屋」の「対策」の基本ラインなんだろう、とも思える。
また、舟越さんの異能に、「普通人には聞き取れない霊的存在の言葉を聞き取る」能力も含まれるのだとしたら。メイン・プロットで度々描写される、霊と深小姫とのやりとりはどうなんだろう? という興味も湧いてくる。
例えば、3巻に収められてる「カミングアウト」では、御厨しず江は、深小姫の口を介さない霊の言葉を聞き取っていたのだろうか? あるいは、「聴き取っているとも、聴き取れずにいる」とも「読者には決定不能な描写」なのだろうか?
その辺を検討してみるには、また別のチェックが必要になる。
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「橋の上の幽霊」では、メイン・プロットの主役である崔樹深小姫が東京を離れている間の出来事が描かれている。
最終頁で、温泉に浸かっている女が描かれてて。
女は手ぬぐいで顔を覆ってるんだけど。をその前の見開きでは、東京都庁生活対策課課長でもある深小姫の父親が「深小姫を/連れ戻して/くれ」と、課員の柧武惣一郎に出張を命じているので、連想から、最終頁の女は深小姫だろうと思える。
そうした、メイン・プロットとの絡みを表現した部分を除いてみると、エピソードのストーリー自体はシンプルだ。
けれど、「ストーリーを通して読み取れる内容」には含みが多い。
舟越さんの「対策」には、深小姫だったら、こうはしないんじゃぁないかな? と思えるような面もある。そうした対比をしていくと、「口寄せ屋」の立場や深小姫の言動も、含みまで含んで、かえってよく見えてくる。
ただし、「深小姫だったらこうはしないんじゃぁないかな?」と書いたのは、あくまで「橋の上の幽霊」のエピソードに重点を置いての判断。
深小姫が登場しないで、舟越さんの「対策」を描くエピソードには、8巻に採録された「犬神」もある。こちらは、生活対策課の付き人(?)も惣一郎ですらない。
生活対策課で研修中の新人、向逆さんが、実地研修として舟越さんに同行する。こちらのエピソードでは、「口寄せ屋」の「対策」の一面が、さらによくわかるような描写が少なくない。
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「橋の上の幽霊」は、おそらく、雑誌「月刊 少年エース」(角川書店)の、2002年8月号に掲載されたかと思えるけれど、未確認。
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書誌情報:
奥瀬 サキ 原作、目黒 三吉 漫画,『低俗霊DAYDREA』4(角川コミックス・エース),角川書店,Tokyo,2002-2002.
ISBN 4-04-713512-7

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