石田衣良、作『妖精の庭』(『少年計数機』池袋ウエストゲートパークII所収)
『妖精の庭』は、石田衣良さんの「池袋ウエストゲートパーク」(I.W.G.P.)連作の1編。
2冊目の作品集『少年計数機』採録4作の内、巻頭に収められてる。
2000年に放映されたTVドラマ『I.W.G.P. 池袋ウエストゲートパーク』では、『妖精の庭』を原作にしたドラマが、1回分の放映エピソードのメイン・プロットとして編まれてた。
もちろん、TVドラマと小説版とは別の作品。
ここでは、小説版未読の人を想定して、不必要なネタバレは避けながら、読みどころを紹介してみたい。
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“池袋の街も9月になった”“この一年、池袋の街をめぐるごたごたで、おれにもなにか始まるかと思ったけれど、別になにも始まりもしなかった。変化も進歩もなし”。
“変わったことといえば、もちこまれるやっかい事と携帯のメモリー(の何十人分か)が増えたこと”。
マコト(真島誠)は、ストリートのトラブル・シューターとして、池袋のグレーゾーンで割りと有名になったようだ。
『妖精の庭』では、そんなマコトが依頼されたストーカー対策に取り組む。
9月頃、マコトは、“あい変らず、西一番街にあるうちの果物店の店番と、ストリートファッション誌のコラム書きと、池袋の街の灰色ゾーンに出たり入ったりを繰り返していた”。
「ストリートファッション誌のコラム書き」ってのは、『サンシャイン通り内戦』の最後の方で、当時池袋にいたフリーのビデオジャーナリスト、加奈(松井加奈)に紹介されたコラム書きだ。
西一番街の灼けた敷石が夜になって空気をゆらめかせ、ゆっくり冷めていくのを、酔っ払いの相手をしながら三時間も眺めていると、なにか叫んで通りを走ったり、そのまま陸橋のコンクリートに頭から突っ込みたくなったり、むやみにテレビを目から流し込みたくなったりしたが、そんなの当然の反応だよな(もっともテレビを見るのって、ゆっくり自殺することかもしれない)。
一見、もって回ったようにもとれる言い回しだけど。マコトは“たっぷりあった”“退屈と時間”の性質について語ってる。
退屈のあまり、わめきだしたり、自殺しそうになったりしないで済んでるのは、マコトが“街をうろついて”“半日も歩いてくたくたになるころには、たいていの悩みは、身体から抜け落ちてる”って、身体に染み込んだ習慣を持ってるかららしい。少なくとも、マコトはそんなふうに思ってるみたいだ。
マコトに言わせると“歩くのは足と目にいい”そうだ。
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そんなわけで、退屈と時間はたっぷりあったマコトは、久方ぶりにあった小学生時代の悪ガキ仲間から、仕事の依頼を受けた時“単純にうれしかった”。
“久々にいい匂いのする仕事”とまで語ってる。
金曜日の夜。池袋の街のあちこちを3時間も歩き回ったマコトは、西口公園の円形ベンチで休んでた。
公園の空気に身を浸すような感じで、“何年も変わらないサル芝居”の“ステージ”を見てると、“たくさんの客引きやナンパ師のなかに、ひとり異常に元気なチビの姿が目についた”。
ボウズ頭は、実はマコトの小学校低学年時代の級友で“クラスで最も戦闘的な男子グループの一員”だった。
“近くの別の小学校との出入りがあると、棒切れを引きずり必ず参加していた”。要するに、小学校時代の悪ガキ仲間。
だけど、性別適合手術(性転換手術)の途上らしいサチ(貝山祥子)を、マコトははじめわかんなかった。
「おれのことはもうサチって呼ぶな。今はショー〔祥〕っていうんだ」。
ショーは、“池袋のオナベバーでウェイターをやってる”。全額自己負担のホルモン投与を続けてるので、ウェイターの傍ら、「めちゃくちゃ怪しそう」な名刺を使って、インターネットで素人娘の“覗き部屋サイト”を運営してる会社のタレント・スカウトもしてた。
ショー自身が「幽霊会社みたいなもん」って言うんだから、怪しい会社ではある。
「アスミはうちのナンバーワンだ。どこにでもバカがいる。ディスプレイのなかと現実の区別がつかないバカなやつだ。そいつがアスミをつけまわしている。やつは距離をおいてただ見ているだけだそうだ」
「なるほど。それじゃ警察は役に立たないな」
「組関係はうちの会社のうえのほうが嫌がって手を出さない。残りは興信所だけど、そういうところってけっこう金がかかるだろ」
「それでおれの噂を思い出したのか。ショー……なんかこの名前呼びにくいな……おまえおれの取り分からピンハネするつもりだろう」
「あたりまえだろ。うちの会社が伸びてんのはなんでも歩合制にしてるからだよ。個人の創造力と技術力。社長がビル・ゲイツのファンでね」
また前歯をむきだして笑った。夜の樹影でちいさな歯は、蛍光色の白にぼんやり光った。粒の揃った薄手の女らしい前歯。これだけは手術では直せないだろう。〔後略〕
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『妖精の庭』は、「池袋ウエストゲートパーク」の他の作品同様に、軽快なテンポで語られる。
ストーリーの大筋もシンプルだ。楽しく読める。
序盤の読みどころとしては、まずマコトとアスミのやりとりを挙げたいな。
ショーの登場シーンは、石田作品らしく印象的なんだけど。その後しばらく出番が減る。短編だし、しょうがないと思うけど。惜しいことは惜しい。
ショーの依頼を引き受けることにしたマコトは、ストーキングの証拠になる大量の手紙や、留守電の録音テープを受け取るため、待ち合わせてアスミの住む“真っ白なコーポ”の部屋を訪れる。
アスミは“オタクが手の中でこねまわして作るフィギュアみたいに、胸と尻だけ誇張された完璧なスタイル”で、“ふたつ前の信号からも、堂々と目についた”若い女。
アスミの住むコーポは、“エントランスもオートロックもない。腰くらいの高さの白いゲートを抜けると、右手がママチャリで埋まる駐輪場、あとはまっすぐ一列に白い扉が続いている”。
マコトは、ストーカーにとって“楽なターゲットだろう”と、思う。
マコトが部屋に来たので、覗き部屋サイトの視聴率がきっと「うなぎのぼりだよ」ってアスミが言い出して。「彼氏とかいないの」って、マコトが聞く。
「決まったのはいない」と応えるアスミ。「別に悪い事をしてるわけじゃないけど」「部屋にカメラがあるのを説明するのがめんどくさい」とも言う。
「私ね、この仕事、テレビなんかでひもみたいな水着着て、胸の先だけ隠して縄跳びしてるグラビアアイドルと変わらないと思うんだ」
「私は心を売ってるわけじゃない。もちろん身体も売ってない。裸にもならないし、Hだって見せない。ただ、私のイメージを見てもらってるだけなの。それがインターネットでも、ビデオでもいっしょでしょ。でも、私の友達はみんなおかしな目で見るんだよね」
この世界にあふれている肉感的な女たちのイメージを考えた。波のようにとぎれることなくあらわれる若い女たち。ネットのなかのアスミと、確かに似たようなものだろう。だが、デジタル時代のモラルの問題はおれにはよくわからない。おれにわかるのは目の前にいる女が、テレビや雑誌のグラビアに負けないくらい魅力的で、どうやらこの仕事をけっこう本気で気にいってるということだった。
マコトは、仕事の節目でちょくちょく、女性キャラから「いいやつ」って言われる。
『オアシスの恋人』では千秋に言われたし、『サンシャイン通り内戦』では加奈に言われた。
一方、先の話になるけど、マコトの高校時代からの親友、タカシ(安藤崇)は、「甘いのがマコトのいいとこだ」って言う(『水の中の目』,『少年計数機』所収)
マコトが「いいやつ」てのは、例えば、“どうやらこの仕事をけっこう本気で気にいってる”アスミの様子に、ストーカー対策のやる気を出してるらしいところとか。
後“デジタル時代のモラルの問題はおれにはよくわからない”ってのも「いいやつ」の要素。マコトは、“よくわからないこと”にはあれこれ指図がましいことは言わない。
アスミは、物語の先の方で、マコト相手なら「別にHしたっていいけどな」って言う。序盤で「Hだって見せない」って言うのは「男の人は刺激にはすぐ飽きちゃう」ので、「男を連れ込んだりした子もいるけど、みんな視聴率がたがたに落ちちゃった」からだ。確かにアスミは、のぞき部屋のアイドルを“けっこう本気で気に入って”はいる。
マコトが甘いのは、例えば“目の前にいる女が、テレビや雑誌のグラビアに負けないくらい魅力的”なんで、やる気を出してるようなところ。これは、まあ、しょうがないよね。
(TVドラマ版のマコトは、半インポみたいな描写が度々あって、女性に興味はあるけど、セックスがうまくできない事が目立つやつだった)
ただ、『妖精の庭』の事件を引き受けたについては、やっぱり、「甘いのがマコトのいいとこ」と思える。
アスミは覗き部屋サイトの仕事を「グラビアアイドルと変わらないと思う」って言うけど。グラビアアイドルは、普通、プロダクションなり、メディアなりが、プライバシーをガードする。
ところが、アスミが契約してる会社は、視聴者から送られるプレゼントの量に音を上げて、タレント1人1人、郵便局に私書箱を設けることにした。
郵便局の私書箱って、契約すると毎日行かないといけないんだよね。ここで、ストーカーはアスミを張ってたらしい。
これは、会社のミス。「幽霊会社みたいなもん」だから、あり得る手抜きかもしれない。
もし、マコトが職業的な探偵なら、会社の手抜きミスのしわ寄せを有償で引き受けるのもビジネスだろう。
実は小説版の『妖精の庭』では、ショーを通じてマコトがどれくらいのギャラを貰ったかわかんない。てゆーか、その辺の話は序盤の「おまえおれの取り分からピンハネするつもりだろう」「あたりまえだろ」のところだけ。
これは、マコト「甘い」よね。マコトのトラブル・シューティングは、ほとんどボランティアだから「甘いのがいいとこ」とも言えるんだけど。
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こんな感じで、マコトは、ストーカー対策のトラブル・シューティングに乗り出す。
ストーカーの描写。アスミとストーカーのやりとり、マコトとストーカーのやりとりなんかも面白くて、読みどころはいろいろある。
けれど、書き出すと、ネタバレがすぎるだろうから書かない。
マコトが、トラブル・シューターとして、なんで信頼や期待を寄せられるか、わかるような描写も読みどころ。そうした描写も少なくない
軽快で、楽しく読めるし、サプライズも説得力もある。
ただ、ショーの描写については、アタシ(紹介者)はちょっと喰い足りないものも感じた。
印象的な登場シーンで期待した割には、ってことだけどね。
ここまで書いちゃったんで、1つだけネタバレさせよう。
例えば、ストーカーの描写については、「アスミがストーカーについて語るセリフ」の描写も、「マコトがストーカーとやりとりして感じる事」の描写も面白い。
ショーの描写だって、「アスミにとってのショー」と、「マコトにとってのショー」の描写は、食い違いも含めて面白い。
オーラス近くの山場で、ショーが「チクショー、マコト、おれは本当にただの男なのか」って言うとこがあって、マコトは「そうだ。世界中が違うといっても、俺が認めてやる」って応えるとこがある。
このやり取り、凄くいいし。前後の語りも含めて、アタシも好き。「やっぱりマコトちゃんていいやつだ」ってセリフを思い出す(『オアシスの恋人』)。
ただ、マコトとショーのやり取りを踏まえて作品を振り返ってみても、小学生時代から“男女”って言われてたショーが、「その時までセルフ・イメージにしてた『男』がどんなふうだったのか」、アタシにはよくわかんない。
ショーが、自分はこうありたいって思ってた、ある意味理想像的な「男」イメージのことね。
その点については、マコト側の視点との絡みも、薄いと思う。そうした描写がもっとあれば「おれは本当に『ただの』男なのか」ってセリフが、さらに心揺さぶる描写の焦点になったはず、と思う。
アタシとしては、そこのとこは惜しいと思ってます。
ショーの登場シーンが印象的だっただけに、惜しい。
あるいは、タイトルも『妖精の庭』だし、ショーは脇役なのかな? とも思う。
ともあれ、惜しい気もしてるので、いずれあらためて、この関連を焦点にした作文もしてみたいと思います。(いつ、とかは未定ね)
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『妖精の庭』の初出は、「オール讀物」1999年9月号、とのこと。
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書誌情報:
石田 衣良,『少年計数機』(池袋ウエストゲートパーク),文芸春秋,Tokyo,2000.
ISBN 4-16-319280-8
石田 衣良,『少年計数機 池袋ウエストゲートパークII』(文春文庫),文芸春秋,Tokyo,2002.
ISBN 4-16-717406-5
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