『低俗霊DAYDREAM』(奥瀬サキ、目黒三吉)ネタバレ・チェック:ミツルの事情

 ミツル(藤原充)は、マンガ『低俗霊DAYDREAM』(原作、奥瀬サキさん、漫画、目黒三吉さん)に登場する重要な脇役だ。

 物語の序盤では準レギュラー的な脇役の1人に思えるけれど、作品メイン・プロットで、主人公とYUO〔ユオ〕との対立のドラマが進むに連れ、重要度を増していく。
 ここでは、物語で描写されるミツルの事情を検討してみたい。

 この記事では、必要に応じたネタバレは避けません。範囲は、現在単行本が出されてる1巻から9巻までに渡っています。
 と言って、ネタバラシ自体を目的にした作文を公開するつもりではありません。

Cover image(9巻書影)

----
 ミツル(藤原充)は、『低俗霊DAYDREAM』の1巻に採録された最初のエピソード「首吊りマンション」から登場する。メイン・プロットの主人公、深小姫(崔樹深小姫)に付きまとうストーカーとしてだ。
 付きまとうだけでなく、深小姫の留守中、居室に侵入して盗聴器を仕掛けたり、下着を持ち去ったり(代金は置いていく)かなりタチが悪い印象が、アピールされる。

『低俗霊DAYDREAM』は、「サイコ・サスペンスと、怪談風ジャパニーズ・ホラーをハイ・ブリッド」したような物語。主人公の深小姫は物語内で「口寄せ屋」と呼ばれる稼業を営む霊能者だ。

「首吊りマンション」序盤で陰を見せ、深小姫の下着を持ち去るなどの悪さをしたミツルだけど、エピローグにあたる部分では、主人公の「口寄せ屋」稼業が、第3者にウォッチされていることを示す手がかり、“ROCK'N ROLL SUCIDE”BBSのURLを知らせる。

 掲示板には、「管理人」の名義で「首吊りマンション」の事が「もうあそこには何もありません」と記され、深小姫の「対策」の事が「口寄せ屋のSM嬢もなかなかどうして大したものです」と記されていた。
「この“管理人”というのがミツルくんでしょうか」と言う、東京都庁環境局生活対策課の柧武惣一郎。
 深小姫は、「ミツルにそんな甲斐性はないわ」「これだけ事情に通じてるの見ると同業者ね」と、応じる。

 この“管理人”がYUOだ、ということが読者に示されるのは物語の先の方(「デイドリーム」,2巻)でのこと。
 つまり、この時点では、ミツルとYUOとの接点も、読者には明かされていない。(その後も明瞭に示されてはいないけど)

 同じ1巻に採録されてる「くまのポー」では、やはり後に重要な役どころ担うアイ(椚アイ)が関わる「対策」が描かれる。
 このエピソードでも、ミツルは深小姫の対策をサポートする手がかりを送ってくる。深小姫の行動を尾行し、盗撮しているらしい様子も、描かれてる。

----
 2巻では「ダムゴースト」にミツルが登場する。
「ダムゴースト」の物語は、中央線の電車に乗った深小姫が、偶然にアイと同じ車両に乗り合わせる場面から始まる。
 アイは大学受験のゼミを受講するため中野で下車するけど、中野駅になぜかミツルの姿が見られる。
 おそらく、いつもの通り深小姫をストーキングしてたんだけど、アイの尾行に切り替えたんだろうと思える。 この気まぐれのような尾行の動機が何かは、定かでない。

 アイと別れた深小姫は、SM嬢、ミサキ女王様としてコラムを書いてるエロ雑誌“Honey Chop!”の編集部に出向く。ここで、これまで不明だったミツルのキャラクターがある程度整理して読者に示される。編集者のしず江(御厨しず江)が、新人編集者らしい小林君(小林史明)に説明するって、体裁でだ。

 ザックリはしょって、要約しよう。
 ミツルは“Honey Chop!”創刊時からの読者欄の常連で、「ミツル」は投稿用ペンネーム。葉書には住所も姓名も記されていないので、しず江も深小姫も、素性は掴んでいない。
 ミツルの投稿は「ネタ自体は面白かったんだけどブラックすぎて」それで「だんだん掲載されなくなっていった」。
 ところがミツルは、「去年深小姫の女王様コラムが始まったとたんに ミサキ女王様の大ファンになってしまった」。何百通もラブレターを送ってよこした挙句、深小姫がバイトでSM風俗をやってる先に客で現れた。深小姫は、17歳の高校生だったミツルの相手をしないで追い返した。
 それ以来、急速に悪質化すると、ありとあらゆるストーカー行為を繰り返すことになって、1巻時点に到ったようだ。

「警察には相談したんですか?」と聞く小林君に、しず江は「相手の素性がわからないと手の打ちようがないし」「そもそも深小姫自身にその気がないと立件のしようがない」と言う。
 深小姫がミツルの素性を掴んでないらしい様子は、これまでも描写されてたけど。ここのやや説明的なやりとりでは、深小姫がミツルのストーキングに迷惑していても、なぜか、警察に相談するなどの対策を講じる気がないらしい、って匂わされてる。しず江と小林君のやりとりに口を挟みながら、聞き役に回ってる深小姫の表情もポイント。

 深小姫がその気になれば、ミツルの素性を掴むことも、ミツル本人を捕まえることも不可能とは思えない。深小姫が迷惑しながらもミツルを好きなようにさせてるのが何故かは、あれこれ考えながら読むと面白い話題だ。
(「深小姫がバイトでSM風俗をやってる先に客として現れたミツルが追い返される」シーンは、「胎霊」(6巻7巻)にて、回想シーンで描写される。深小姫による回想だ)

「ダムゴースト」のクライマックスにあたる山場では、幽霊に襲われるアイをミツルが助ける。
 この場面では、それまでミツルが目深に被っていた帽子が落ちて、はじめて顔が、きちんと目鼻立ちまで描かれる。
 アイに「……何/やってるんだ?/お前?」と言うセリフから、恐らくミツルの目には幽霊の姿が映ってはいない事が察せられる。

 この後、ミツルが幽霊に憑りつかれ、アイともみ合って転倒するなどがあるが、深小姫が駆けつけるまでに姿を消している。しかし、実はアイの高校の同級生であることが読者に明かされ、ミツルの素性(の手がかり)も、深小姫に知られることになる。

 3巻には、ミツルは登場しない。登場しないし、直接にミツルと関わる話題の描写もない。

----
 4巻からは、ミツルの事情に関わる描写が増える。
「幻覚」(4巻)では、ミツルの義理の妹が友人と共に自殺。これがきっかけになってミツルの家庭の事情の一旦が描かれる。さらに、5巻に続く「霧」では、ミツルに女の霊が憑きまとっている事が読者に示される。

 「幻覚」と「霧」との間に挟まれた「橋の上の幽霊」には、ミツルは登場しない。登場しないし、ミツルと関わる話題への言及もない。ただ、「橋の上の幽霊」で描かれた出来事の背景には、ミツルの事情の一部と同型の出来事があったことが、後に5巻で読者に示される。

 6巻から7巻にかけての「胎霊」では、深小姫がミツルに憑きまとう油島ひじりの霊への「対策」を試みる物語がメイン・プロットになる。「対策」の焦点は、油島ひじりの変死以前の事件に遡ることになるけれど。

 ミツルの事情もミツルの家庭の事情もさらに描写が増す。けれど、謎めいた描写の空白も増える。
「胎霊」の物語には、YUOとミツルの対峙(6巻)、YUOのグループと行動を共にするミツル(7巻)というエピソードも差し挟まれる。この2つのエピソードを結んだプロットは、「ウェルテル」に雪崩れ込んでいく。

----

「……もう……」
「ダメなんだ/
 …………」
「もうダメなん/だよ椚……」
「オレの心は/穢れている…」
「穢れた心で/見る世界は/何もかもが/曖昧で」
「地面にまっすぐ/立つ事すら/できない」
「…ここは…」
「この世界は/夢だ……」
「きれいな心を取り戻すために/
 この悪夢から目覚めるために…」
「もう/他に方法は/ないんだ……」

「ウェルテル」の8巻採録分冒頭場面からミツルのセリフを引いた。

 行方をくらまし、YUOのグループと行動を共にしているミツルが、呼び出したアイに要件を話して立ち去ろうとした後のセリフだ。
 立ち去ろうとするミツルを、アイが抱きついて引きとめ「…藤原君/死ぬ気/でしょう?」「藤原君 私に/お別れを言いに/来たんでしょ?」「私ね/わかるんだよ/だって/私も/口寄せが/できるんだよ」「藤原君の/こと、」「みんな/わかっちゃうん/だよ?」と語りかけたセリフへの応えだ。
 この場面の後、アイもミツルと共にYUOのグループと行動を共にする、という急転回を迎える。

----
 ミツルは、ここで、「普通人が現実とみなす現実に対する現実感が希薄」で「世界が悪夢のようにしか思えず」それが苦しい、と語っている。

 ミツルの現実感が希薄である事情は、物語の各所で断片的に描かれたエピソードやイメージで、いくつかのファンクションが重なり合った結果のように描写されている。
 まず、ミツルは「幻覚」で自殺した義理の妹との近親通姦的な妄想イメージを恐れつつ、振り切れずにいる。
 次に、出会い系サイトで知り合ったという油島ひじりとの半同棲生活での依存的だった情交の記憶を嫌いつつ、やはり振り切れずに入る。(こちらには、憑きまとう油島の霊も関わっている)

 これらのイメージや記憶が、ミツルを苦しめ、現実感を希薄にしている様子は、例えば「胎霊」の6巻採録分で、YUOと対峙した時に、ミツルを襲った幻想で描写される。
 あるいは、「幻覚」のラストで描かれた悪夢でも描写されている。
 どちらの描写でも、深小姫に依存するように、救いを求めるミツルのセリフが織り込まれている。

 アタシ(筆者)は、「現実感が希薄である事の苦しみ」は、今の日本で、さほど珍しい苦しみではないと思う。
 けれど、この苦しみは、他人にはわかりづらい。
 まず、シンプルに、ある人物が、どの程度「現実感を希薄に感じているか」は、他人にわかりづらい。

 次に、「現実感が希薄になること」は、多くの人から一時的な変調と理解されがちだ。
 例えば、熱烈な恋愛の破綻、あるいは、打ち込んでいた職業が決定的に不可能になる、こうした境遇の人物が「現実感が希薄だ」と訴えたとしたら、理解を示せる人は少なくない。各自の経験の内から、似た経験を呼び起こして想像することができる。
 けれど、「現実感の希薄化が恒常化している事の苦しみ」まで想像力が及ぶ人は、あまり多くないように思える。
 アイがミツルの考えを「みんなわかっちゃう」のは、アイ自身が、恒常化した現実感の希薄さに苦しんでいるからだろう。

 ミツルの不幸は、現実感の希薄化の原因と本人が思っている、近親通姦のイメージ(アタシには、ミツルが過去に実際に近親通姦を侵したわけではないように思える、9巻までの物語を読むところでは)や、油島ひじりに依存的だった情交について、話をできるような相手を交友関係に持っていなかったことだろう。
 それは、なかなか話せることじゃあないのはわかる。

 ミツルのセリフに依れば、もともとミツルを実家の神社から追い出したのは自殺した義理の妹で、「あいつは俺が邪魔だったんだよ」と言う(「幻覚」,4巻,P.52)。これが、ミツルの家庭の事情の一旦だ。
 親の金で、マンションの1人暮らしをすることになったミツルは、出会い系サイトで知り合った油島ひじりとの半同棲生活に溺れていったのだろう。
 あるいは、近親通姦の妄想を振り切ろうとして、油島ひじりとの情交に溺れたのかもしれない。
 これは、今のところ物語内での確証の乏しい推定だけど。関連するエピソードを付き合わせると、蓋然性は感じられる推定と思う。

 それに、今のところ(9巻までが刊行されている段階で)、上のようなミツルの事情を、深小姫に依存しようとする心理の背景に見るのは、悪いアプローチではないと思う。物語の描写に傍証も無くはない。例えば、先に言及した深小姫に救いを求めるようなミツルのセリフなどだ。

 また、主要なキャラクターの内で、ミツルがいち早くYUOの“ROCK'N ROLL SUCIDE”BBSに注目していたって事実(物語内の事実)。これもあるいは、ミツルが1巻の「首吊りマンション」の頃から、あるいはそれ以前から、苦しさを逃れるための自殺を考えていたのかもしれない、と想像もさせる。
 こちらの想像は、深小姫に依存しようとするミツルの心理とミツルの事情とを結びつける解釈よりは、はるかに根拠は薄弱だ。けれど、物語の展開を予想する複数の解釈の1つとしては悪くないはずだ。

「ミツルの事情」と比べると「ミツルの家庭の事情」の方は、1巻から7巻までの物語(いや、9巻までとしてもいい)でも、断片的にしか描写されていない。今のところ、全体像は、薄っすらとしか見えてこない。
 アタシとしては回想でもなんでもいいから、もう少し描写を重ねてもらえるとありがたいんだけど。これはどうなるかわからない。期待してる。

----
 ミツルの義理の妹、自殺した尼亜は、ミツルの実家に引き取られた養女だった。この事は、9巻で回想のようにして示される。
 次に、尼亜は、心を病んでいた、との証言が度々作中人物からなされていた。例えば2巻の「幻覚」など。

「尼亜は--/心を/病んでいた」
「病気/だったんだ」
「いずれ/ああいう結末を/迎えることは/わかっていた」
「親父は/風評を恐れ/見て見ぬふりを/して」
「義妹に/普通の生活を/送らせた」
「オレも/同罪だ」
「オレは/そこから逃げて/義妹を/見殺しにしたんだ」

 上は、8巻で語られたミツルのセリフ。ここまでは比較的冷静なセリフであるかのように読める。
 けれど、続く部分で、ミツルは自分の心の「弱さ」について語りだす。
「オレは/自分が癒される/ことばかりを/考えている」「オレは何ひとつ/人の痛みが/わからない」「だから---」
 この自縄自縛に自殺へと傾いていく思考は痛ましいと思う。
「何ひとつ人の痛みがわからない」のは、ミツルのもんだいだけど。「オレはそこから逃げて義妹を見殺しにしたんだ」って認識は、自罰的ではあっても、着目点自体は間違ってはいないだろう。

 けれど、本当は、痛みを知っている人間の方が、似たような「人の痛み」は、よくわかる。
 ここで、ミツルの思考を縛っているのは、「自分が癒されたい」って気持ちではあるけれど。もっと突っ込めば、「病んだ心を癒せるのは、病んでいない心の持ち主であるはずだ」とでも要約できるような思い込みもある。
 こうした思い込みを持っているのは、ミツルだけではない。
 けれど、それが思い込みにすぎないかもしれない、って話題を話せる相手に出会うのが遅かったのが、ミツルの不幸だと思える。

 ミツルが深小姫に向けていた依存する心を、深小姫がどう扱おうとするかは、10巻以降の展開の読みどころの1つになるだろう。
 YUOのグループと行動を共にするミツルが、深小姫に依存する心を断ち切ったのか、まだ抱えているかといった描写も注目点だし、そうしたあれこれに、アイがどう絡んでいくか、絡まないかも読みどころになると思える。

----
 ミツルの義理の妹尼亜の「心の病」がどんなものだったか。4巻から9巻までの描写でも、およその性質は暗示されている。ただ、これまでの描写には、霊能者ではないキャラに襲い掛かる幻視や、口寄せによる錯乱気味のセリフなどが多いので、生きていた時の実情の判断には迷う。
 ミツルの実家、琶成神社に引き取られる前の養父に性的虐待を受け、それがトラウマになっていた可能性がある。この関連は、9巻で暗示的な描写がなされている。

====
書誌情報:
奥瀬 サキ 原作、目黒 三吉 漫画,『低俗霊DAYDREA』1~4(角川コミックス・エース),角川書店,Tokyo,2001-2006.
1巻=ISBN 4-04-713398-1
2巻=ISBN 4-04-713445-7
3巻=ISBN 4-04-713493-7
4巻=ISBN 4-04-713512-7
4巻=ISBN 4-04-713512-7
5巻=ISBN 4-04-713560-7
6巻=ISBN 4-04-713645-X
7巻=ISBN 4-04-713730-8
8巻=ISBN 4-04-713779-0
9巻=ISBN 4-04-713858-4

この記事へのトラックバックURL:

http://drupal.cre.jp/trackback/740


この記事をブックマーク

人気コンテンツ