ラーメンとニラ餃子──六月お題、閑古鳥にかけて。

 タイトル的には、「狼と香辛料」のパクリっぽいところが、なきにしもあらず……。
 そういう目で読み返すと、内容もわりと似ているような気がしてきました。

 ラーメン屋の若き大将と、従業員サンキチの、ほのぼの師弟愛の話です。
(ホロみたいなかわいいキャラは出てきませんのでご注意下さい!)

 原稿用紙11枚程度です。

タイトル「ラーメンとニラ餃子」-------------------

 調理場の大鍋から、湯気がひっきりなしに立ちのぼっている。だが、たっぷりの湯の中に、中華麺の茹だる姿はない。
 大介は腕組みをして、湯のたぎるさまを眺めていた。 
 エラの張った顔で、歯をぎりぎりきしらせる。振り返り、レジ上の時計を見あげた。
 午後一時前。本来なら店のカウンターは、客でぎっしり詰まっていなければならない時間だ。
 従業員のサンキチが、ネギをきざむ手を止めた。情けない声で話しかけてくる。
「大将」
「なんだ」
「お客さん、こないっすよ」
「んなこた、おまえに言われなくてもわかってる」
「わかってんなら、そろそろなんとかしてくださいよぅ」
「できるもんなら、とっくの昔になんとかしてら」
「そんな投げやりな。この店がつぶれたら、おいらはいったい、どこにいけばいいんですよー」
 サンキチは、店の心配など、これっぽっちもしていない。この店がつぶれたら路頭に迷うと、自分の身を案じているだけだ。
「つぶれるなんてこた、軽々しく口にすんな。半年前まで、行列ができるほど繁盛してたんだ。それがなんだ。どうしたんだ。いったいなにが原因で、こんなことになっちまったんだ。おまえはどう思う、言ってみろサンキチ」
「俺、そんな難しいことわかんないっすよ~」  
「だいたいおまえは、なんで従業員のくせに、そんなに背が高いんだ」
 八つ当たりもいいところだが、たしかにサンキチは、ラーメン屋のカウンターに立っているには、ちと背が高すぎる。その上栄養失調かと疑いたくなるくらい痩せていて、顔色もすこぶる悪い。そういう男がカウンターの内側で、のぼっと立っているものだから、店ののれんをくぐったとたん、キャッと言ってあとずさりした女性客は数え切れない。
 サンキチの顔を見あげながら、店がはやらなくなったのは、もしかしたらこの男の風貌のせいかもしれないと、大介は本気で考えた。
「無茶言わないでくださいっすよぅ。親のくれた体なんすからー」
 サンキチは、大介と目をあわせないようにした。その高い背を大きく丸め、ひたすらネギをきざみ続ける。
 トトトトトン、タタタタタン。
 客のいない店内に、いやみのように包丁の音が響きわたる。
 大介は頭巾を脱ぎ捨てた。カウンターから出て、ふたつしかないテーブル席に座り、店内をぐるっと点検した。壁も天上も厨房の中も、店の中はこざっぱりと清掃されている。五年間修行したスープ作りの腕前が落ちたとは思えないし、材料の質を落とした覚えもない。駅裏の小さな店だがオフィス街が近くにあり、昼時はサラリーマンやOLでごったがえしていた店だ。急に客がこなくなった原因が、大介にはどうしても思いあたらない。
 もうしばらくは自分の味を信じて、客足が戻ってくるのを待ったほうがいいのか。
 しかし、このままでは借金がかさむばかりで先は見えている。スープの味を変えるべきか、それとも価格を見直すべきか。しかし支那そば一杯六百円は、相場として、けっして高いほうではない。
 眉間に指をくいこませ、大介はテーブルの上でうなだれる。
 いっそ店をたたむかと、本気で考えなくてはならないところに、すでにきていた。
「そうだ大将!」
 なにをひらめいたのか、サンキチは細い目を輝かせた。
「まずかったらお代はいりませんって、看板に書いたらどうっすかね」
 ……どこかで聞いた覚えのある、二番煎じのアイディアだ。しかしまあ、サンキチなりに必死に考え出したのだろうと、大介はムゲにはしなかった。
「そういう挑戦的なキャッチコピーは、今は、はやらん。ますます客が引いてしまう」
「うー、そうっすかぁ。じゃあ、じゃあ、じゃあこんなのはどうっすか! あ、あのですね!」
「落ち着いてしゃべれ。まな板につばが飛ぶ」
「すんません。あのですね、あ、あ、あのですねっ」
「落ち着け!」
 と言う大介の怒鳴り声を聞いているのかいないのか、サンキチはカウンターから出てくると、ネギのいっぱいついた手を、大介の座るテーブルの上にダンと置いた。
「半額にしましょうよ、半額!」
 青白い顔が紅潮して、紫色に変色している。
「は、はんがくぅ?」
 とんでもねえ、と大介は思う。端正こめて作ったラーメンスープ、材料を吟味し、手間暇をたっぷりかけた俺様の芸術品を、半額で出すなどもってのほかだ。そこまで客に媚びるのは、職人としてのプライドが許せねえ。
 大介のエラの張った顔が、みるみる赤くなってくる。しかしサンキチは、自分の思いついたアイディアに夢中だ。
「日本人は半額が大好きっす! 絶対当たります!」    
「つばを飛ばすなと言ってんだろ!」
 ガコンと椅子をうしろに倒し、大介はサンキチの胸ぐら、いや、背の高いサンキチの、みぞおちのあたりを掴む。
「半額で出すんなら、おまえの給料は出ねえぜ、サンキチ」
 睨みあげた。
 実際、六百円で出したところで、原価は四十パーセントかかっている。それを半額の三百円で出そうものなら、一杯あたりの利益は単純計算で六十円そこそこだ。一日百五十食出たとしても、利益はたったの九千円。家賃や光熱費を払ったら、とてもサンキチの賃金は出ない。大介は店の二階に住んでいるから給料はなくてもいいとして、サンキチを養うなら、最低でも一日二百食は、さばかなければならない。
 二百食……。
 とてもじゃないが、毎日それだけ売り上げる自信はない。
 大介はサンキチから手を離し、倒れた椅子をもとに戻した。テーブルの上で頭をかかえていると、サンキチが下からのぞきこんできた。
「どうせ今だって、おいらの給料は出てないんっすから」
 床にしゃがんだサンキチは、細い目をしばしばさせる。
「やっぱりおいら、クビしかないんっすかね」
 店内に、サンキチのため息がひろがる。掛け時計の秒針が、チッチチッチと大介の心を追い立ててきた。
 サンキチはそそっかしいが、言われたことは素直にやる。掃除もていねいにするし、病気で休むこともない。レジの金をごまかしたことは一度もないし、一日十二時間、立ちっぱなしの仕事をしても、安月給に文句を言ったこともない。
 サンキチは、すでに大介の片腕となっていた。そのサンキチを、手放すことになるのだろうか。
 職人のプライドだなんて言ったところで、サンキチひとり養えないとは。自分のふがいなさに、大介は怒りがこみあげてきた。
「サンキチ」
「へいっ」
「おまえ、俺と一緒に寝泊まりしろ」
「へ、へえっ?」
「たとえ給料が出なくても、おまえを路頭に迷わせはしねえ。食うだけならなんとかなる。アパート引き払って、俺んとこへこい」
「そ、それはちょっと、あのそのえっと」
「なんだ、不満か!」
 不満に決まっている。給料なしで働く馬鹿がどこにいる。
 だが、大介はサンキチに賭けた。これでサンキチが首を縦に振らなければ、あとは自分ひとりでやっていく。ひとりっきりは孤独だが、身軽といえば、こんな身軽なものはない。
「おいら、おいら、そんなこと言われたって、おいらはどうすれば……」
 立ちあがり、狭い店内をうろうろするサンキチは、背中を丸め、見るからに情けない風貌だ。だが大介は信じていた。サンキチが、きっとこう言ってくるであろうことを。
「た、大将に、ついていきますどこまでも!」
 
 二年後、ラーメン半額で客を呼び戻した大介の店は、サンキチが手法をこらした『ニラ餃子』が大当たり。売上は、開店当初の二倍を上回った。
 おかげでサンキチにも、「のっぽさん、のっぽさん」となついてくる、高校生の彼女ができた。
 大介は調理場で、うまいラーメンスープ作りに余念がない。半額でも、けっして手間暇は惜しまない。これが本物の、職人のプライドだ。
 スープを濾しながら、ニラ餃子を必死で包む、サンキチの丸い背中を見た。
 いつかはサンキチに、のれん分けをしてやろう。
 大介はひそかに考えている。
 店名は──そうだな、奇をてらって、閑古鳥とでもつけてやるか。わびしい感じが、サンキチにはぴったりだ。

終わり-------------------

 読み終わったとき、くすっと爽やか。な気分になれるようにと書きました。

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私のお気に入り

#もの書きのほうで、作品に対する意見をいただいたので、それについてのコメントです。

 ちょっと偏屈な大将、大介と、そそっかしいけど憎めない従業員サンキチ。
 いつもサンキチに無理難題をふっかける大介だけど、サンキチがいないとまるでションボリ。
 そんな二人の関係を、もっと上手に書きたかったな!

 終盤で話がうまくつながらなくなっているのは、あんまり長くなってもなと、最後のほうを駆け足でまとめたからだと思います。
 構成が弱いっていうのは、自分でも感じます。今のままでは、タイトルの「ラーメンとニラ餃子」の意味が不明ですし。
 サンキチが偶然にも『ニラ餃子』の画期的な製法を発明した、などの話をきちんと書いて、もっと長い話にするか。あれこれ意味を持たせずに、短くスッキリまとめるか。いろいろと、やりようはあると思います。

 本筋とはあまり関係ないけれど、サンキチに高校生の彼女ができたときの話なども、じつはとても書きたい。

 飲食業の内情をよく知っているように見えた、という意見もいただきました。

 レストランなどで働いた経験があるから、知っているといえば知っているほうかもしれません。ラーメン屋に知りあいはいませんが、想像と決めつけと開き直りでもって、こんなラーメン屋があってもいいだろう、ということにして書きました。

 長い話にするなら、取材が必要になってくるかも。

 大介とサンキチのコンビは、微妙に私のお気に入りです。またブログに登場するかもしれません。そのときは、どうぞごひいきに願います。

 ご意見ご感想、感謝感謝です。


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