「幽霊タクシー」ネタバレ・レヴュー(奥瀬サキ、目黒三吉『低俗霊DAYDREAM』3、採録)

「幽霊タクシー」は、マンガ『低俗霊DAYDREAM』(原作、奥瀬サキさん、漫画、目黒三吉さん)を構成する1エピソードで、66頁。3巻に収めらてる3編の内、最後に採録されている。

『低俗霊DAYDREAM』は、物語内で「口寄せ屋」と呼ばれる霊能者、崔樹深小姫が、現代日本で“心霊”の関わったトラブルに「対策」をしていく物語。
「幽霊タクシー」では、メイン・プロットの主役、崔樹深小姫が、依頼を受けて典型的な都市伝説かと思える幽霊タクシーの調査をする。しかし、「対策」の終了が伝えられた後、なぜか深小姫は独自に動く。この展開は興味深い。
 古典的とも言える都市伝説の再話アレンジを物語のパートに利用して、少し凝った構成になってもいる。

 メイン・プロットの方は、やはり霊能を持つYUO〔ユオ〕と深小姫の対立を主軸に、複数のキャラクターのドラマが絡まっていく展開だけど。3巻ではまだ、YUOの思惑の概略が、第3者から深小姫に示唆される段階に留まっている(示唆されたのは2巻に採録された「デイドリーム」のエピソードでのこと)。

「幽霊タクシー」は、長いプロットの物語の内、かなり単独性の高いエピソードの1つになっている。

Cover image(3巻書影)

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 記事タイトルで「ネタバレ・レヴュー」と断ったように、この記事では、ネタバレは避けない。
 なぜか。

「幽霊タクシー」自体は、『低俗霊DAYDREAM』の内で、比較的単独性の高いエピソードで。独立した短編としても読める。
 ただ、エピソードを越えた長いプロットで読むと、例えばラスト・ページに見られる深小姫のモノローグが気になる。後から見るけど、そのモノローグは、主人公の惑いを暗示するようなセリフになってるからだ。
 このモノローグが暗示する内容を探るには、ストーリーのネタバレを避けるわけにいかない。
 また、先に記したけど、単独作のように読むときでも、「対策」終了が宣言された後、「なぜか」独自に動く主人公の「なぜか」が物語の内容を読み解いていく焦点になる。
 この「なぜか」を探るにも、ストーリーのネタバレを避けるわけにいかない。

 他に、深小姫と彼女の父親、崔樹課長とが直接対面する場面もあって、ここには、長いプロットでの主人公のキャラクターを読むとき、派手さはないけど結構大事な描写が含まれてる。

 ネタばらし自体を目的にした文を公開するつもりはありません。
 なお、ネタバレの範囲は、主に「幽霊タクシー」ですけど、必要に応じて、他のエピソードへの言及もあることもお断りしておきます。

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「幽霊タクシー」の最初のページは、夜道を走るタクシー、汗をかき口を開いて荒い息づかいでハンドルを握ってる運転手、って画で構成されてる。片始まりで、次の見開きの右ページが、エピソードの扉。
 扉ページの上端が横長一段のコマで、ここには、バックミラーと、そこに映りこんでる運転手の鼻から上、額から下の顔面が描かれてる。ここまでのコマに、運転手の顔を目鼻立ちまで明瞭に描いた画は無い。例えば大きく開いた口のアップなどが目立つ。

 66頁の作品の内、最初のページや扉も含んだ20頁弱では、タクシーを拾った中年男性の客が、ドライバーから都市伝説っぽい今風の怪談話を聞く様子が、じっくり描かれてる。
 20頁めの下半分からは、ドトール風のセルフ・サービスのコーヒー・ショップ。崔樹深小姫と東京都庁環境局生活対策課の柧武惣一郎とが会ってる場面。惣一郎が、冒頭から描写された物語を深小姫に語って聞かせてたかのようなつなぎ方で、幽霊タクシーの「対策」を依頼してるって会話に繋がる。
 この依頼の場面は、20頁めの下半分から22頁めにかけて。

 惣一郎が物語内で語った事になる今風の怪談を、要約するとこんな感じだ。
「残業で終電に乗り遅れ」た中年男が、タクシーを拾った。
 速度を出しすぎの乱暴な運転に迷うが、タクシーは愚か、往来も途絶えた深夜の時間帯なので、乗車する。ところが、タクシーに乗ってしばらくして、客は後部座席が生暖かいもので濡れていることに気づく。
 生暖かさで、ズボンに染みても気づかなかったと思った乗客は、運転手に頼んで、座席を助手席に移す。
 何かの不安に心を奪われているような様子のドライバーに乗客が「…………/何か」「気になる/ことでも/ありますか?」と、問いかける。
 そして運転手は、怪談のような話を語り始める。

 成田のホテルまで乗客を送り、帰りは高速代を浮かせようと一般道を走って来た。途中、1人の女性を乗せたが、乗せた後、女がズブ濡れであることに気づいた。女は、印旛沼まで行くよう運転手に指示をする。
 女の風体やセリフの異様さに怯えた運転手は、早く降ろしたいその一心で車を走らせた。
 車内が暑く、空気があまりに重いように感じた運転手が、ふとバックミラーを見ると、そこに映った女は全身が血まみれに見えた。
“さっきまで/ズブ濡れ/だった”“だけ/だった/はずだ”
 恐る恐る後部座席に目をやる運転手に、血まみれの顔の女が、歯をむき出すようにして「いんばぬまへ」と告げた。

「私は」「必死で/アクセルを/踏み続けました」「その後は/もう」「お客さんに/停められるまで/何も…………」
 話を聞いた乗客は“ありふれた怪談噺だ”と思う。
“しかもオチがない”。怪談噺を、シートが濡れていた言い訳だと、考えた。
 けれど、降車する時、財布を取り出そうとした乗客は、一瞬、自分の掌が血まみれに見えた。
「……オチだ」とつぶやいた乗客は、後部座席を見る。

 ここで、場面は早朝のコーヒー・ショップに切り替わる。
「----男が/振り返るとそこには」と対面の深小姫に語っている惣一郎。
「……そこには?」と合いの手をいれるのは、寝不足らしい深小姫。
「やっぱり/何もありません/でした」「と」「さ」と、ギャグ風の崩されたスタイルで描かれた惣一郎。「Fin.」てセリフも加えられてる。
 深小姫は、無言で食事をバクつくと「じゃ」、と席を立つ。
 バイトをしてるSM風俗店の宣伝も兼ねて、SM専門のチャットで徹夜をしたので、「朝っぱらからくだらん怪談につきあっとれるか」と立ち去っていく深小姫。
「正式な対策依頼」なので、立ち去られると困る惣一郎。「硬く口止めされていた」が、この件の依頼人が深小姫の父、生活対策課の崔樹課長だと告げる。
 口止めを破った惣一郎の一言は、深小姫を引き止めた。自動ドアの敷居で立ち止まって、戻って来たドアにぶつかられる小ネタが入る。

 エピソードの22頁めまで、冒頭1/3ほどを割かれたパートでは、まず、冒頭の怪談噺が丁寧に描写されてる。ことに、“ありふれた怪談噺だ”と思う崔樹課長が「……オチだ」とつぶやき、後部座席を見やるあたりの描写がいい。
 はっきり書くと、それ以前の怪談噺の描写は、丁寧で手堅いけど、一見、「ありふれた怪談噺」の怖さだ。ただ、この一見ありふれた描写が、後で活きてくる。けれど、そこは物語のプロットの順に見ていきたい。

 次に、怪談噺のパート全体を、「物語内で語られた話」として引き継いだ、コーヒー・ショップの場面。ここでも、深小姫が「ありふれた怪談噺」を「くだらん怪談」と、一蹴する。怪談噺のパートのリアリスティックで夜の暗さを強調した描写と、軽いタッチで早朝の白々とした感じの描写との落差が効いてる。

 この描写スタイルの落差は、心霊現象の「対策」を実際に執り行なってる深小姫が、おそらく、だからこそ「ありふれた怪談噺」を「くだらん怪談」と受け止めるって展開とうまくシンクロしてる。その点だけでも、怪談噺パートの丁寧な描写は活きてるけど。この後、長くも無い紙数の内で、冒頭部分の描写から様々な内容を読者が読み取れる展開が、何度か繰り返される。

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 次の場面で、深小姫は渋々って感じで調査に赴き、続いて問題のタクシー運転手の住むアパートに向かう場面に続く。
 タクシー会社で調査をする場面が23頁めから28頁めの半ばまでで6頁弱。運転手のアパートの場面が、28頁めから32頁めまでで、4頁強。
 2つの場面を併せると、都合10頁。全体の1/6弱程度で、冒頭からだと1/2弱の紙数が消化される。

 深小姫は、生活対策課から電話連絡が入れられてたタクシー会社を「都に雇われてる個人の外部コンサルタント」として訪れる。
「どこに行きやがったんだ梅雨前線は」ってセリフがあって、季節は梅雨時か初夏らしい。「暑い」ってセリフもあって、いかにもやる気なさ気な深小姫は、“親父も働きすぎで/ついにボケたか/幽霊タクシーなんざ/都市伝説もいい所だ”とか思ってる。

「対策」のための調査対象になる運転手は滋浦さん。「滋浦さんと一番親しいということで」都庁のお役人(これは会社側の誤解)のご案内を社長からおおせつかった、と言う村岡さんは、「滋浦さんは夜勤が続いて疲れてたんでしょ」と、深小姫に語る。
 続く場面で、滋浦さんのアパートまで案内された深小姫は、首を吊って自殺した滋浦さんの死体を発見する。

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 場面は、所轄と思われる警察署に移る。首吊り死体の発見を通報したためだろうことは、場面転換の前のやりとりから推定できる。
 33頁めから39頁めまで7頁を割かれてる警察署の場面では、物語内で深小姫と崔樹課長との直接対面が、はじめて描かれる。強いて言えば、「デイドリーム」(2巻)で、電話越しの対話が描かれたことはあった。

 薄暗さが強調された描写の警察署内の廊下で、ソファーに座り込んでいる深小姫。
“自殺には/違いない/けど”“遺書が/ない”“警察の言うとおり/「心の病」/だったから?”“違う/多分/書けない内容/だったからだ”
 うつむいて考え込んでる深小姫に、ジュースの冷たい缶を、唐突に押し付ける人物。
 悲鳴を挙げてのけぞる深小姫に、仏頂面で「冗談だ」と言う崔樹課長。

「--冗談だ」
「~~~~ッ/
 なんで惣一郎じゃ/なくて あんたが/迎えにくるのよ」
「お前は/まだ未成年/だからな/
 保護者が/来るのは/当然だろう」
「誰が保護者だ/
 娘ほっぽりだして/愛人と遊び惚けて/やがったくせに」
「そう/言うな」
「お前を育てた/お婆ちゃんが/悲しむ」

 上に引用したやりとりは、深小姫の家庭の事情がキャラクター間の対話の形で描かれた、ほとんど最初のものだ。強いて言えば、「デイドリーム」で描かれた深小姫の回想で、子供時代の深小姫と祖母とのやりとりが、深小姫の家庭の事情の一端を窺わせてもいる。

 他に、「幽霊タクシー」以前でも、深小姫と父親の関係があまりしっくりは行っていないことを匂わせる描写は、散見されていた。だから、物語内で父娘対面がはじめて描写されるこの場面は、地味ではあるけど、長いプロットで物語を読むとき、重要な意味を担ってくる、かもしれない。注目はしておきたい。
 深小姫の家庭の事情は、9巻までが刊行されてる現状でも、今ひとつ全体像が掴めないので。深小姫の家庭事情の描写については、今後に期待しておきたい。

 さて、「幽霊タクシー」を単独作のように読む場合、引用した父娘のちょっと奇妙な会話もさることながら、その後に、生活対策課課長が「口寄せ屋」崔樹深小姫に「対策」終了を告げるやりとりも重要になる。
 崔樹課長は、どこから聞き込んできたのか、印旛沼から死後2、3週間ほどたった女の腐乱死体があがった、との情報を深小姫に告げる。

「警察はまだ/女の死体と/タクシードライバー/の自殺の関連性に/気づいていない」
「しかし/生前の女の足どりを/追っていけばいずれ/辿り着くだろう」
「対策は/終了だ/
 後は警察に/任せよう」

 この警察署の場面の後、物語はエピソードのクライマックスにあたる、ストーリーの山場に移っていく。
「対策は終了だ、後は警察に任せよう」と、生活対策課課長に言い渡されたにも関わらず、深小姫は「なぜか」動く。
 そのパートを見る前に、もう少し深小姫と課長のやりとりを見ておきたい。

 実は、ハショっておいたけど、「お前を育てたお婆ちゃんが悲しむ」の後、差し出された缶ジュースを受け取った深小姫は、「……で?」「幽霊タクシーに運よく乗れたご感想は?」と、話しかけてる。「それなんだがな」と、応じた課長が、印旛沼で女の死体が発見されたって話題を話し始めるって繋がりだ。

 崔樹課長は霊感の類を持っていないキャラクターとして設定されていると思われる。
「幽霊タクシーに運よく乗れたご感想は?」って、少し皮肉っぽいセリフは、傍証にしてもやや弱いけど。例えばタクシー会社に調査に向かった深小姫が、“親父も働きすぎでついにボケたか”と考えたモノローグと併せて吟味すれば、傍証足りえてる。
 そうすると、課長の「しかし生前の女の足どりを追っていけばいずれ辿り着くだろう」って断定や、「対策は終了だ、後は警察に任せよう」って決断の根拠があやふやに思えてくる。
 この点は、深小姫も気になったようだ。
「後は警察にまかせよう」と言われた直後、「--お父さん」「タクシーのシートは本当に濡れていたと思っている?」と、質問をする。

「--お父さん」
「タクシーのシートは/本当に濡れていたと/思っている?」
「…いや」
「シートは濡れて/いなかった」
「なぜなら/水分が揮発する際の/音頭の低下を感じる/ことが無かったからだ/
シートに付着していた/いたと感じたものは/ずっと生温かい/ままだった」
「濡れたと思った/ズボンにも/染みは残って/いなかった」
「つまり/全ては」
「死を目前に控えた/タクシードライバーの/存在の歪みが見せた/白昼夢であった/ということね?」
〔中略〕
「たぶん昨夜の滋浦は/いつ事故で死んでも/構わないと思いながら/運転をしていたのだろう」
「だから私の/目の前にも現実の/死があったし」
「私も滋浦の幻に/捕らえられる謂れが/あったのだろう」

 引用箇所に続いて、崔樹課長は「わざわざ調査させて悪かったな」「経費は月末お前の口座に振り込んでおくよ」と言いながら去っていく。

「対策は終了だ」から後のやりとりは、作品の41頁めと42頁めの見開きに収められてて。42頁めの最下段には、ジュースを飲む深小姫のロング、調査時の回想のカット、ジュースを飲む深小姫のアップって3コマが構成されてる。無言の3コマもあって、見開きのネーム密度は高い印象だ。

 この見開きのやりとりは、一見「説明的」な会話に思える。実際、説明の機能も担ってる。けれど、子細に読むと「死を目前に控えたタクシードライバーの存在の歪み」って、深小姫の理解を崔樹課長が、わざわざ言い換えるやりとりが面白い。
 冒頭の描写では、崔樹課長は、確かにタクシーの運転を「こんな時間でなければ大事故だな」と言い、滋浦運転手の様子に異常なものを感じつつ“この時間別のタクシーも来ないだろう”“仕方がない”と、乗車を続けていた。
 つまり「目の前にも現実の死があった」は、事故の可能性を強く感じてた、って言い換えてもいい事柄で、それが「滋浦の幻に捕らえられる謂れ」だ、に繋がっている。
(ちなみに、深小姫のセリフ「存在の歪みが見せた白昼夢であったということね?」の「歪み」には「ゆがみ」ではなく「ひずみ」と、「白昼夢」には「はくちゅうむ」でも「デイドリーム」でもなく「マボロシ」とルビがふられている)

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 警察署の場面の後、40頁めのトップには、大きなフォント・サイズで“10日後”と記され、ストーリーのクライマックスにあたる山場へと移っていく。
 アタシ(紹介者)としては、43頁めから63頁めまでの24頁がクライマックス・パート(から決着のパート)、64頁めから最終頁(66頁め)までがエピローグ相当パートと整理したい。

 10日後、サングラスをかけた深小姫が、村岡さんのタクシーを拾って乗車する。
 調査中に見た不審な言動と、父親に聞いた話とから何か確信に近い推理をした深小姫は、はったりめいたセリフで村岡さんが、酔っ払いの女を絞め殺した、と示唆する。
「まいったなぁ」とつぶいた村岡は、タクシーを停め、後部座席に移って深小姫を強姦しようとする。
「滋浦もあなたとつるんでこういう事をしていたの?」と問う深小姫。
「滋さんにそんな度胸はありゃしないよ」「あの時は滋さんが泥酔した女の客を乗せて困ってるって言うから」「相談に乗ってやったのさ」と応じる村岡。
「もっとも滋さんは俺の武勇伝を聞いていたから」「ご相伴に与ろうって下心はあったろうがな」。

 村岡が、酔った女を強姦して、絞め殺す場面が回想で差し挟まれる。

 回想を挟んで「--それで?」「死体を印旛沼に捨てて帰ったの?」と村岡に尋ねる深小姫。
 村岡は「あぁその通りだ」と、応じる。

「あぁ/その通りだ/
 滋さんは/ビビって/逃げ出しちまった/けどな」
「--もっとも/首吊って死んじまうほど/ビビってたとは/思わなかったけどなぁ」
「フフッ」
「あなたも/滋浦さんの話で/ビビったんじゃ/なくて?」
「--何だと?」
〔中略〕
「--ねぇ/村岡さん」
「本当に/怖くないなら/--今」
「バックミラーを/覗いてみる/勇気はある?」

 上のやりとりは、54頁めと55頁めの見開きからの引用で。「バックミラーを覗いてみる勇気はある?」って深小姫の挑発が、55頁めの最後のコマに配置されてる。
 アタシは、この見開きが、クライマックス・パートの内でのクライマックス・シーンだと思ってる。
 この後、女の幽霊の姿に村岡は錯乱。深小姫は、運転席に滋浦の姿を霊視すると、動き出したタクシーから転げ出る。
“--さて”“お客さん”“どちらへ”
“てん”“てん”“てんてんごく”
“馬鹿言っちゃいけませんよ”“お客さんが天国へ行けるわけないでしょう”
“じゃあ行きますよ”“お客さん”
 こんな車中のやりとりを知ってるのか知らないのか、坂道を走っていくタクシーを見送る深小姫の前で、車体は塀に激突して炎上する。

 エピローグに相当するパートでは、おそらく深小姫が乗ったタクシーの後を尾行してきたのだろう惣一郎が、夜道に立って、タバコを吸っている。
 深小姫に「相方」と呼ばれる惣一郎(8巻)が、生活対策課を通じていない深小姫の“対策”に駆り出されることもある様子は、例えば3巻に採録されてる「カミングアウト」でも描写されてる。

“これで/良かったとも/悪かったとも/思っちゃいないさ”

 上は、惣一郎の横を通り過ぎて、彼が乗ってきた車に向かう深小姫の心中モノローグだ。

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 深小姫は、生活対策課を通じてはいない依頼を受けることもある。3巻に採録された「カミングアウト」の物語がそうした経緯だし、特殊な展開だけど「ヒルガオ」もそうだったようだ。あるいは、6巻に採録された「ヒゲ」では、行きずりの霊からの依頼を受けた(ただし、こちらでは「対策」をおこなったわけではない)。

 けれど、一度、生活対策課から受けた「対策」が終了された後、独自に動いた展開は興味深い。
 深小姫は、幽霊タクシーを巡る事件の決着を幽霊に、あるいは、マボロシ(白昼夢)に委ねたことになる。
 その結果については、“これで良かったとも悪かったとも思っちゃいな”かった。
 独自に動いた深小姫の心理を適確に名付けることは難しい。
 おそらく、深小姫自身も単独行動の動機を整理できてはいないだろう。そういうふうに読むのが、「幽霊タクシー」のみを単独作品のように読むときには妥当な読解だろう。

 ただ「滋浦運転手の自殺の背景を理解したかった」って動機があったことは、「幽霊タクシー」の描写からも確実に覗える。
 はったりめいてはいたけれど、村岡が、女の死体を印旛沼に捨てた事について、深小姫には確信めいたものがあったようだ。
 また、滋浦運転手の姿を霊視した「後で」、深小姫がタクシーから転げ出た描写は意味深だ。

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 エピソード全体のラスト・ページでは、惣一郎が乗ってきた車の後部座席に、深小姫が「は---ぁあ」「疲れた」と、寝っころがる。
 そして、“--あ”“そういえば/私”“生まれて/初めて”“人を/殺した”と思う。

 この心中モノローグは、長いプロットの物語を読むとき、とても気になる。
 まず、4巻で「心の癒しを求めて旅に出ている」(「幻覚」)と言われ、「霧」に続く深小姫の温泉旅行のきっかけが、「幽霊タクシー」の事件だろうことが推測できる。

 もう1つ、霊能を持ち「口寄せ屋」である深小姫が、村岡の運命を幽霊に委ねた事を「人を殺した」と、思うのはまあいいとする。(自罰的な自己理解かもしれない、可能性はあるけど、ここでは置いておく)
 実は、1巻に採録された「クマのポー」では、終盤で深小姫は、おそらく余命が無いだろう人物を「楽にしてあげる」と、式神の鬼縫に食べさせてる。
 こちらの決断を、深小姫は「人を殺した」内に数えていないことになる。
 例えば、長期プロットや、キャラ路線の揺らぎや変更って解釈もあるだろう。けれど、アタシはそれは面白い解釈と思わないので、最後の選択にしておきたい。

 この件は、おそらく「幽霊タクシー」で“これで良かったとも悪かったとも思っちゃいない”深小姫の思いを、物語の内容の内で適確に位置づける解釈が、より優れた解釈になる事でしょう。

 9巻まで、刊行されてる今段階では、アタシとして強いて言えば、「すでに手の尽くしようのないダメージを受けて死ぬだけの人物を『楽にする』」のは、深小姫にとっては殺人の内ではなく、手を尽くせば幽霊から救えたかもしれない男を見過ごしにしたのは「人を殺した」事になる、ってあたりをとりあえずの「仮説」にしておきます。
 もっともらしくはあるけれど、あまり座りのいい解釈でもないので「仮説」としておきます。

「幽霊タクシー」の物語は、霊能を持つ「口寄せ屋」崔樹深小姫が、「ありふれた怪談噺」と思われる出来事の真相を暴くが、事態を霊に委ねることで「良かったとも悪かったとも思えない」ような結末を迎える、そんなストーリー。
 内容の焦点は、深小姫が決着をなぜ「良かったとも悪かったとも思えない」のか、キャラ自身にも定か定めがたいような惑いにある、と、さしあたりの整理をしておきます。

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『低俗霊DAYDREAM』3巻採録分は、雑誌「月刊 少年エース」(角川書店)の、2001年9月号、10月号、12月号、及び、2002年1月号~3月号に掲載された分、との事。
「幽霊タクシー」の初出も、この内のはずだけど、どの月の掲載分かは未確認。

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書誌情報:
奥瀬 サキ 原作、目黒 三吉 漫画,『低俗霊DAYDREA』3(角川コミックス・エース),角川書店,Tokyo,2002.
ISBN 4-04-713493-7

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