桶狭間とご都合主義
私の書いている小説は、基本的にパターンが同じである。
つまり
「数の上でも質の上でも圧倒的に不利な立場に置かれた主人公が、圧倒的な数と質を兼ね備えた敵に、負けない」
……という物語である。
勘違いしないでもらいたいのは「勝つ物語」ではなく「負けない物語」である、という点である。
作家は、いくらでも自由に物語を作れるとはいえ、さすがにそういった条件では勝利することはまず無理である。私は、勝利する事はできなくとも、なんとかして「負けない」というあたりに条件を下げて、圧倒的戦力差のある敵の攻撃を「凌ぐ」話が好きなのだ。
常識で考えている読者の方が「絶対にありえない」と思われるシチュエーションを。事前に提示し、その「ありえないシチュエーション」をアイディアと物語の流れで、なんとか「あるかもしれない」と思わせるのが好きなのだ。
こう言った物語をずっと書いていると、常に「ご都合主義」という批判にさらされる事になる。
作者がありえないことを、ありえるようにするために、物事を都合がいいように捻じ曲げている……と言う批判である。
この批判を受けるたびに、私の脳裏に一つ思い浮かべる思い出がある。
何年か前のことだが、とある席で、私は自称・軍事専門家と名乗る方から、ねちねちと文句を言われた事がある。
彼の論旨は要するに私の書く物語は、設定もキャラクターの動きも考えもすべて、作者がご都合主義的に作ったものである。というものだった。
つまり、現実において、あのような「少数の戦力が、戦術で多数の戦力を圧倒し、戦力の差をひっくり返す」ということはありえない。
戦史を勉強している私から見れば、問題外の子供騙しである。、
……というようなことを言われたわけである。
私が、にっこり笑って「では、織田信長が今川義元を破った桶狭間の戦いはどうなりますかね?」と聞いたところ、その自称・軍事専門家氏は、黙り込んだ後で、吐き捨てるように、こうお答えになった。
「桶狭間の戦いなんて、あんなのは嘘ですよ」
まあ、実際に見てきたわけでもないので「あれは嘘だ」と言われても、私には「本当だ」と言う資格は無いのだが、彼の言いたいことはよくわかる。
常識で考えれば、誰がどう見ても、あの織田信長が今川義元を破った桶狭間の戦いは「嘘だろう」としか言いようが無いのである。
桶狭間の戦いは、大軍を擁する指揮官が「都合よく慢心」し「都合よく天候が急変」し「都合よく休憩」したところにこれまた「都合よく少数の側が奇襲を仕掛けることに成功」するのである。
それはすべて「偶然の一致」なのだ。
そんな都合のいい「偶然の一致はありえない」と言われても、実際に、その事実は存在し、嘘でもなんでもない史実として認識されているのである。
もし、桶狭間の戦いが失敗に終わっていたとしたら、当然現代に桶狭間の戦いは伝わっていない。歴史も大きく変わっていただろう。
そして、それより何より、もしも今、あの桶狭間の戦いと同じようなシチュエーションで戦いが展開する物語を書いたらおそらく読んだ人から
「こんな、偶然の一致ばかりで話がうまく進むご都合主義の話は読む価値は無い! ありえない!」と、叩かれまくる事だろう。
だが、人類の歴史と言うのは、いかに「偶然の一致」で動いているのか、ということは、調べれば調べるほどわかってくる。
人間と言うのは、そんなに先が読めるわけでもないし、洞察力がある生き物ではないのである。
実に重要な決断を、考える事も無く簡単にやってしまったり、考えていても、情報が不足しているために。後から考えれば馬鹿としか言いようのない誤った決断をすることは、日常茶飯事である。
「常識で考えれば、すぐにわかることを」とか
「そんなことを考えるわけがない」とか
それはすべて、結果を知っている、つまり後知恵がついているがゆえに言えることであり、その時、その場面にした当事者からすれば、その判断こそが「常識」であり「そう考えるのが当たり前」なのである。
先人の過ちを、知ったような顔で指摘する事の愚かさは「下衆の知恵は後から」という言葉でもわかるとおり、誰にでもできることであり、別に偉くもなんともないのだ.
世の中に偶然の一致はめったにない、だが、その「めったにない」ことだからこそ面白いのである。
だからこそ、私はその「めったにないこと」を物語で再現しているわけである。
その、「めったにない」ことを「ありえない」と言う人は、どんな物語を望んでいるのだろう?
「常識ではありえないこと」は何一つ起こらずに、普通の出来事が淡々と続き、誰もが「常識で考え」正しい選択肢だけを選んでいく物語の方が面白いのだろうか?
「桶狭間なんか嘘ですよ」と言う人にとっては、きっと、そういう物語のほうが納得できるし、面白いのだろう。
そう考えると、私の書いているような物語が、曲がりなりにも受け入れてもらえている理由の一つは「織田信長が桶狭間で勝った」からだ、と言うことができるかもしれない。
織田信長は私の恩人である(w
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