『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』感想メモ
投稿者:Stella 日付:月, 2007-07-23 19:10
- 1918年(大正七年)春~夏にインフルエンザ流行。この時は致死率は高くなく小規模の流行(ただし全世界的)。最初の感染記録はアメリカ
- 日本では大相撲夏場所でインフルエンザ(?)が原因の休場者が多く、「角力風邪」と呼ばれた
- 1918年夏にたぶんどこかの港町で変異、非常に高い感染力と高い致死率をもつようになる。最初の記録はやっぱりアメリカ。
- 日本では1918年10月からの流行を「前流行」、1919年12月からの流行を「後流行」と呼ぶ。別の型のウイルス説あり(著者は同じとみている)
- 各県の新聞によるスペインかぜ報道調査
- 官報統計での日本国内のスペインかぜ死者数は約38万5000人
- 著者らが「超過死亡」の手法で試算したところによると、前流行で26万0647人、後流行で18万6673人、計45万3152人。
- 軍と神奈川県、企業などでの流行のまとめ
- 島村抱月の死
- 日本文学におけるスペインかぜ流行に触れている作品紹介(志賀直哉『流行感冒』、武者小路実篤『愛と死』、宮尾登美子『櫂』、秋月達郎『マルタの碑』)。あまりに少ない。
- 後藤新平の日記にはスペインかぜの記述が何故かない。前流行のころには国外にいたからか?
- アメリカでも日本でもスペインかぜ流行は忘却された。第一次世界大戦に対する関心の方が勝った。死亡率は高いとはいえなかった。あっという間に去って戻ってこなかった。超有名人は死ななかった。などの説。
- 日本では大正デモクラシーによる時代変動や、1923年(大正12年)の関東大震災があった
- スペインかぜ流行は「絵にならない」
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