歴史群像


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『戦国の城:美濃松尾山城』中井均(歴史群像No.105)を読んで 「秀元様、なんか関ヶ原で合戦になったみたいですが」「は? なんで? 大垣は?」

 私の関ヶ原の合戦の一番古い記憶は、小学校のときに読んだ「まんが日本の歴史」でお坊さんのような大谷吉継が「ふ、小早川の裏切りは予定のうちよ」とうそぶいている場面である。
 その裏切り者とされる小早川秀秋がいたのが、松尾山だ。関ヶ原を見下ろす山の上である。

 その後、関ヶ原を題材にした小説や漫画や映画やゲームやらを通して、あれこれ妄想を膨らませてきた私の中で、空白というか、意味不明のまま保留の棚に置いておいたのが、実は小早川の裏切りではなく、毛利秀元の不可解な動きである。

『決定版太平洋戦争7』追いつめられ、決戦を求める日本軍

 副題は「比島決戦」。戦場は再びフィリピンに戻る。
 戦前のフィリピン経済は、モノカルチャー経済だった。輸出用の工業原料である砂糖とマニラ麻だけを集中的に生産し、衣類や食料は輸入に頼っていた。
 そしてフィリピンを占領した日本は、フィリピン経済を支えるだけの余剰生産力を持っていなかった。フィリピンのモノカルチャー経済は破綻し、フィリピンの景気は悪化する。
 景気を悪くする支配者が好かれるはずもなく、フィリピンでは日本の人気は悪く、治安も悪化したのはこれは仕方がない。

『決定版太平洋戦争6 絶対国防圏の攻防』を読みながら1943年秋からの日本の負け戦を、ウォーゲーマー的視点で何とかすることを考えてみる

 1943年の秋。
 日本はついに、戦略方針を長期持久、すなわち『守勢に入り持久体制を整え、折りを見て敵に痛打を与えることで戦争を終結に導く』という方向へ切り替える。絶対国防圏と名付けられた防衛ラインは、そのためのものである。
 もちろんこれは失敗した。

 ゲーマーであればよく経験することだが、守る時こそ、柔軟な戦力の運用が必要となる。
 コンピュータ相手ならいざ知らず、人間相手に防衛戦をする場合、守る側が戦力を固着させて運用してはダメだ。優勢な攻撃側は、自由に攻撃軸を選び、戦力を集中させることができる。劣勢な防衛側が戦力を前線にはりつけているだけでは、これに対応できない。防衛線は穴だらけになるだろう。

『終戦一年前のチェックメイト』/山崎雅弘(歴史群像100号)ただの講和に興味はありません! 独・日・伊の中で無条件降伏する国がいたら、連合国の前にひれ伏しなさい! ……この言葉の裏にある連合国の憂鬱

 「無条件降伏」
 戦争で相手に「無条件降伏」以外は許さないというのは、つまるところ、講和に応じるつもりがなく、徹底的にボコボコにする、という意思表示である。
 この宣言が出た1943年のカサブランカ会談の当時、すでに枢軸国の劣勢と連合国の優勢は、はっきりしていた。枢軸国に、勝ちを手に入れる手段はもはやなく、後はこの戦争をどう終わらせるか、だけが焦点となっていた。
 そして、それこそが連合国にとっての憂鬱だった。枢軸国が頭を下げて、停戦を申し出る可能性があったからだ。特に、1943年時点でなおも国土の広い範囲を支配されているソ連が、その返還を条件にドイツと単独講和をする可能性は、決してゼロではなかったからである。

『決定版太平洋戦争5 消耗戦 ソロモン・東部ニューギニアの死闘』日本がついに戦争のイニシアティブを喪失した戦い

 太平洋戦争の天王山は、ソロモン・東部ニューギニアの死闘にあった。
 ガダルカナル島をめぐる戦いが始まった1942年の夏から、撤退し、航空戦力の消耗が続いた翌43年の春までの間に、日本が失ったのは多数の将兵や、航空機、艦船とそれを動かす燃料――だけではない。

 この戦いで、日本は、太平洋戦争のイニシアティブを喪失する。そして以後、日本はそのイニシアティブをついに取り戻すことができなかった。

 戦争のイニシアティブとは「どこで、どのように戦うか」を決める力である。イニシアティブの確保は、劣勢な側ほど、貴重である。戦力に優れる側、補充能力が高い側は、イニシアティブを失っても、耐えることができる。

『対話の成り立たない男たち』(片岡徹也/『決定版太平洋戦争4 「第二段作戦」連合艦隊の錯誤と驕り』より)三人のエリート海軍参謀に大事な資質を“欠けさせた”ものとは?

 歴史群像の『決定版太平洋戦争』で毎回楽しみにしているのが、片岡徹也先生の、深く切り込むタイプの考察である。今回も『日本海軍が実現できなかった“峡海パラダイム”への転換』など、繰り返し読んで学びたい記事が多い。

 さて、その中で読み終わったあと、いろいろと考えさせられたのが、『対話の成り立たない男たち』である。ここでは軍令部第一部の富岡定俊、連合艦隊参謀の黒島亀人、連合艦隊司令部の宇垣纏の三人の参謀について、片岡徹也先生はかなり辛口に、シミュレーション能力が欠けていると評されている。

『戦史の名画をよむ:ホーエンフリートベルク』有坂純(『歴史群像No.96』)から、歩兵横隊戦術について

 ホーエンフリートベルクと言われても、何のこっちゃという人は多かろう。
 時は1745年、ところは中央ヨーロッパ。
 いつものようにお家騒動からはじまり、各国の欲望が入り乱れたオーストリア継承戦争のクライマックスの戦いがあった土地の名前だ。
 火事場泥棒的にオーストリアの領土をかすめとろうとするフリードリヒ大王率いるプロイセン軍が、ホーエンフリートベルクでオーストリア軍を大いに打ち負かしたのだ。続く講和でプロイセンは豊かで人口も多いシュレジエン地方を手に入れることに成功し、プロイセンが将来、さらなる飛躍をとげる基礎を固めるのである。

『決定版 太平洋戦争3 「南方資源」と蘭印作戦』資源不足の総力戦という矛盾

 パラドックス社の『Hearts of Iron2』で日本をプレイすると誰もが気づく構図がある。
 それは、日本経済にとってアメリカとイギリスはなくてはならぬお客様であるということだ。日中戦争をうまくやって中国を占領しようが、工業力に比して、資源が不足しがちな点に変化はない。70年前のアジアは自給自足には向いていないのだ。全力で戦争は避けて、ひたすら商売。これが『Hearts of Iron2』での日本が勝利するもっともシンプルな道である。どうしても大戦争がやりたければ、イギリスかアメリカと仲良くしてナチスドイツと戦う『紺碧の艦隊』(荒巻義雄)プレイがお勧めだ。

『大砲入門 連載第三回』松代守弘(『歴史群像No.95』より) 「奴らにはこのフネでは勝てない」が軍艦の進化を促す

 毎号楽しみにしている連載のひとつが、松代守弘さんの『大砲入門』である。これまでも松代さんは大砲をはじめ兵器に関してあれこれ面白い記事を書かれていたが、この大砲入門の第三回は、サブタイトルが『外洋帆走軍艦の誕生による艦載砲の完成』というもので、ホーンブロワーなどの海洋冒険小説ファンにはたまらない内容となっている。

 現代の世界が、我々が今知るような形になった、最大の原因は何といっても、大航海時代と、それに続く欧米列強による帝国主義の時代があったからである。

『ガザ紛争2008-2009』山崎雅弘(『歴史群像No.95』より) 敵よりも身内が怖い紛争

 イスラエルとパレスチナの紛争を、遠くはるか極東の島国から見ると、問題の解決方法は一目瞭然である。

 イスラエルは、パレスチナの人々の権利を保証し、彼らの自立を促し。
 パレスチナは、テロによる紛争悪化を止め、経済と生活を再建する。

 お互いに、相手の利益と権利を尊重する――

 子供でも分かるこの理論は、だが、これまで受け入れられることがなかった。山崎雅弘さんが記事のまとめに書かれているように、この問題は、イスラエルとパレスチナの戦いとして考えると、おかしくなる。

『解析 上杉家の軍事システム』河合秀朗(『歴史群像No.95』より) 龍の軍団の台所事情

 戦場でご飯を食べるには、いくつかの方法がある。

 ひとつは、食材や弁当を持って行き、戦場で食べるという自弁である。
 戦国時代では、最初の三日分の糧食は軍役の範疇ということで、自分で持っていくことになっていた。

 ふたつめは、城にある倉庫から兵糧米を持ち出して戦場まで運び、そこで兵士に配るという仕組みである。戦国時代には小荷駄という補給部隊があり、彼らに戦場までの配送を任せていた。

 みっつめは、現地調達である。戦場周辺の食料を集めて、これを食べる。これまた戦国時代には一般的な方法で、河合秀朗さんの記事によると上杉家の補給は主にこの現地調達に頼っていたらしい。

無能で腐敗した役人と政府を生むもの(『新・歴史群像シリーズ18 大唐帝国』を読みながら)

 フィクションには、無能で腐敗した役人とか政府が出てくる作品が多い。物語の舞台が現在過去未来、どこのどんな場所であってもおかまいなしだ。
 そのことにドラマ上の必然性があるのはもちろんだ。無能で腐敗した役人は、障害や敵として主人公の前に立ちふさがり、危機に陥れる。
 が、同時に「あるある」と読み手・聞き手に思わせることができるという点も見逃せない。歴史をひもとけば、無能で腐敗した役人や政府が存在しない時などないのではないかと思わせるくらい、ダメな記録に満ちているからだ。

『決定版 太平洋戦争2 開戦と快進撃』なぜ、日本は終戦までの道筋を持たぬまま戦争に突入したのか?

 2巻はサブタイトルにあるように、太平洋戦争開戦から序盤の快進撃を扱った内容である。日本はハワイ真珠湾攻撃に成功し、マレー半島を電撃戦で駆け抜けてシンガポールを落とし、フィリピンを占領した。

 誇るべき戦果であるが、それは半ば約束された勝利でもあった。
 日本が攻撃をしかけたアメリカ、イギリスを盟主とする連合国にとって、主戦場はあくまでドイツとのヨーロッパ戦線であり、アジアの戦いに、さほどの戦力をさくことはできなかったからである。平時の警備任務ならこなせても、戦争に対応した準備はまったくできておらず、そこに本気の日本軍が攻めかかったのであるからひとたまりもなかったのだ。

「かち合い弾」について/クリミア戦争~明治維新頃の銃と歩兵戦術

 先日、チャットで「かち合い弾」について話題が出た。
IRC2009-02-24の午前0時頃のログ

 最初に話題として出されたのは、クリミア戦争での「かち合い弾」である。
 日本では幕末にあたる、19世紀半ばの1854~1856年に、ロシアが英仏土の同盟軍と戦った戦争で、ナイチンゲールが戦場で医療活動をしたことでも知られている。

 そこの戦場跡から発見された「かち合い弾」とは、弾丸と弾丸が衝突してひとかたまりになり、地面に落ちたものである。

『歴史群像No.93』 戦力を集中運用する――しかない――軍隊が求める果てにあるもの

●『海軍艦上爆撃機『彗星』 敵空母を先制攻撃せよ』文・古峰文三/イラスト・佐竹政夫
 ぺらりと表紙をめくって最初に出てきたのが、先端の細い、精悍な印象のプロペラ機の見開きイラスト。
 海軍の海上爆撃『彗星』である。
 太平洋戦争の中盤から登場した他の日本軍の軍用機同様に、『彗星』も結果として残念なことになっている。

 航空機は何よりまずエンジンとよく言われるが、『彗星』の液冷エンジンは完全国産ではなくダイムラーベンツの液冷エンジンをライセンス生産したものである。

『歴史群像:太平洋戦争1 「日米激突」への半世紀』 “お坊っちゃん”な日本海軍と“放蕩息子”な日本陸軍……では、そうなったのは、なぜか?

 現代の戦争は、始まった段階で終わりまでの道程が定められていると言っていい。その点で、この「日米激突」への半世紀はさまざまな示唆に富んだ良書である。
 興味深く読んだ記事のひとつが、片岡徹也先生による日本陸海軍の用兵思想に関する分析だ。副題が“お坊っちゃん”と“放蕩息子”とあるように、両者の用兵思想のお粗末さを厳しく指摘する内容となっている。

 マハン流艦隊決戦思想に傾倒したあげく、自分の考えた論理で世界を理解したような気分になった『中二病患者』な日本海軍。

『豊臣朝臣徳川家康』(橋場日月/『歴史群像No.92』より)に見る、戦国延長ゲームとしての『汝は人狼なりや?』

 『歴史群像No.92』の橋場日月さんの『豊臣朝臣徳川家康』は、前に橋場さんが『誤算と失策の関ヶ原』でも書かれていた、秀吉亡き後もまだ血に飢えた戦国武将たちの恩賞を求める気持ちが、関ヶ原への流れを作ったという視点で書かれた記事である。

 天下人であった豊臣秀吉が死んだのは1598年のことだ。
 本能寺の変があったのが、1582年。16年前。
 北条討伐をして、東北の仕置きもすませ、実質的に天下を統一したのが1590年。8年前。

『各国陸軍の教範を読む 第三回 用兵思想の根幹その二』(田村尚也/『歴史群像No.91』より)から 日本軍作戦要務令の格好いいが少し怖い美文

 第二次世界大戦前。列強各国では第一次世界大戦までの戦訓を取り込んだ、新時代の戦場に合った兵器や戦術を考案した。ハードとしての兵器と、ソフトとしての戦術である。
 この戦術を、将兵、特に部隊を指揮する将校に教えるためのものが教範である。
 田村尚也さんは、かつて歴史群像で『ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2』という優れた連載を書かれていた (この連載は歴史群像シリーズの歴史群像アーカイブVOL. 2としてまとめられている)が、今回はそこからさらに一歩踏み込んでその戦術の元となった教範について書かれている。


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