織田信長


キーワード一覧[織田信長]からも、さらなる関連情報が辿れます。


『センゴク外伝 桶狭間戦記 5』宮下英樹 「ひどい雨じゃ」「まったくじゃ」「信長の部隊がどこいったかわからんのぉ」「義元の部隊がどこにおるかわからんのぉ」「え?」「え?」な桶狭間合戦

 桶狭間の戦いについに決着がついた。
 宮下英樹さんの描く今川義元は完璧超人で、最後まで「これで負けるはずはないよね」と思わせながら、なぜか負けてしまうという展開であった。
 これまで不遇であった今川義元の再評価に、本作がつながれば良いと思う。

 桶狭間は歴史に興味があれば小学生でも知っている有名な戦いであるが、実際に「何があった」のかは、よく分かっていない。昨年秋の架空戦記コンベンションのIF-CON10でも、使える史料は『信長公記』などいくつかなくはないが、どこまで頼りにしていいか分からないし、それらを総合しても、今ひとつはっきりしない、という話題が出ていた。

『桶狭間戦記4』宮下英樹 今川義元対織田信長、いよいよ運命の決戦へ!

 戦国時代を代表する有名な戦い、桶狭間合戦。
 奇襲説だの奇襲はなかっただの、迂回をしたら結果的に奇襲になっていただの、この戦いについてはいろいろなことが言われています。

 10/10に東京で開催された架空戦記のファンイベント『イフコン10』の戦国架空戦記の部屋で語られたことでありますが、桶狭間の戦いの流れを合理的に説明するには、必要な情報がどうやっても足りません。
 『長公記』は信長の上洛の後は、牛一さんのメモに基づいて書かれていますが、それ以前は記憶に頼ってるところも多く、どこまでアテにしていいか分からない。だが、アテにできないからといって、他に頼れる史料もないわけです。

『センゴク外伝 桶狭間戦記2』宮下英樹 バブル経済が弾けた織田の家督を継いだ信長の苦難

 世の中ゼニである。
 といっても、日本でゼニ=通貨を自前で流通させたのは、それほど昔ではない。中国から律令制度を取り入れた際に、自前の国産通貨も流通させようとはしたが、結局のところ市場に対して十分な通貨を供給できずに終わった。
 そこで中国と貿易して、通貨の輸入が行われた。
 日本人にとっては、長らくゼニ=宋銭の時代が長く続いた。。
 『センゴク外伝 桶狭間戦記』の時代も、流通していたのは輸入した銭貨である。もっとも、すでに宋の時代は鎌倉の頃に終わっており、明国から主に輸入されていた銭貨は永楽通宝という、輸出専門(らしい)の貨幣であった。もちろん、銭貨はそう簡単にはすり減らないので、宋代の銭貨も流通していた。

『センゴク外伝 桶狭間戦記 1』宮下英樹 実は有能だった(らしい)今川義元の復権なるかの戦国漫画

 後世に残る評価という点で、今川義元はたいそう不運な武将である。
 まず彼は、戦国時代のヒーロー、織田信長に敗北した。以後、信長が大躍進したのは、今川義元を打ち破り、今川家という大敵を葬り去ったおかげである。
 続いて今川義元の敗北と戦死により、本来ならば太原雪斎の後を継いで今川家を支える武将となるはずの松平元康が独立し、後には徳川家康として江戸幕府を開く戦国の最終勝者になってしまった。家康が主家を裏切った点は、戦国時代という背景を考えれば非難される要素はまるでないのだが、残念ながら江戸時代という平和な時代にあってはそのような理屈を許すわけには政治的にいかないのである。よって、アレは裏切りではなかったとか、あまり触れない方がいいじゃんかとかの理由で、今川義元を評価しない、あるいは無視する流れができてしまったのだ。

『再考 桶狭間合戦』橋場日月(『歴史群像87号』) なぜ今川義元は討ち死にしたのか

再考 桶狭間合戦橋場日月(『歴史群像87号』) なぜ今川義元は討ち死にしたのか

 『桶狭間の合戦』について私が最初に触れた記述は 小学校の図書室にあった『まんが日本の歴史』だったと思う。
 勝利の前祝いにうかれた今川義元が、風雨をついて行われた織田信長の奇襲攻撃によって敗死する展開であった。

 さて、それから三十有余年が経過した。
 今では、今川義元がそれなりに有能な武将であり、決して油断していたわけでもなければ、織田信長が奇術師ヤンのごとき奇計を使って今川軍を翻弄したわけでもないという考察が一般的である。

IF-CON夜企画:『信長がいない戦国史を考える』 信長が生まれなかった戦国時代の終幕は、やっぱりこの男

 ゲストの大山格さん、中西豪さん、中里融司さんらと一緒に、「織田信長が夭折、あるいは生まれなかった戦国」についてあれこれネタにしてみる。たいそうおもしろかったので、ここで概要をご紹介しよう。

 織田信長については、いろいろな評価があって、天才や革命児というプラスのものから、他の優秀な戦国大名と比べてもそれほど違いはないというものまで様々である。
 が、彼が桶狭間の戦いをはじめとして、上洛や比叡山焼き討ちなど、多くの歴史上の結果を出している点は間違いない。

桶狭間とご都合主義

 私の書いている小説は、基本的にパターンが同じである。
 つまり
「数の上でも質の上でも圧倒的に不利な立場に置かれた主人公が、圧倒的な数と質を兼ね備えた敵に、負けない」
 ……という物語である。

 勘違いしないでもらいたいのは「勝つ物語」ではなく「負けない物語」である、という点である。
 作家は、いくらでも自由に物語を作れるとはいえ、さすがにそういった条件では勝利することはまず無理である。私は、勝利する事はできなくとも、なんとかして「負けない」というあたりに条件を下げて、圧倒的戦力差のある敵の攻撃を「凌ぐ」話が好きなのだ。


以上の他にも、キーワード一覧[織田信長]からも、さらなる関連情報が辿れます。


以下のアイコンから、このキーワードについての記事の新着をRSSで取得できます。別途Drupal.cre.jp全体のRSSもあります。

コンテンツのシンジケート このキーワードでの記事のみのRSS
コンテンツのシンジケート この階層以下の全ての記事のRSS。 階層以下全表示は織田信長 - All


この記事をブックマーク

人気コンテンツ